一般財団法人日本情報経済社会推進協会

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2025.08.21

レポート

スタートアップを巡る環境とAI時代に求められる人材

株式会社Scalar
代表取締役CEO 深津 航氏

株式会社Scalarは、東京、札幌、サンフランシスコに拠点を持つB2Bのデータマネジメントミドルウェア開発を行うスタートアップです。デジタル経済レポートでは、日米のIT産業で大きく違う点として、米国はスタートアップがソフトウェア業界をけん引し利益率の高い「知識集約型ビジネス」を選択しているのに対し、日本は官公庁や大企業中心にITゼネコン型のビジネスモデルが生み出され労働集約型になっていると指摘されていますが、スタートアップを経営する側として同じ感覚を持っています。

日本の投資環境・スタートアップの実情

投資環境やスタートアップの環境も、日米で大きく違います。私たちが手掛けるミドルウェアは最低でも10年ぐらい頑張らないと成果が出てこない世界ですが、日本のベンチャーキャピタルはソフトウェアへの理解が浅く「3年でいくら儲かりますか?」といった話になりがちでした。一方、米国では、ソフトウェアで起業した人がベンチャーキャピタルを行っているケースが多く、儲かるかどうかよりも可能性があるかどうかを基準に投資しています。また、米国では、次の成長に向けた資金調達を支援する仕組みもしっかりしていますが、日本だと上場=ゴールのようなところがあるため、中途半端な状態のまま強引に押し上げられてしまうところがあります。

もう一つは、日本の投資家はわかりやすいビジネスに投資する傾向があるという点です。わかりやすいビジネスは模倣されやすいのに対し、わかりにくいサービス/ビジネスは敵も少なくチャンスがある分野ですが、そのように理解してもらえることはありません。

起業側では、日本のスタートアップはあまり世界を目指していません。今後1年以内にGoogle Meetの同時通訳が可能になると、日本語を話せない米国やアジア圏の人たちが容易に日本に参入できるようになります。知識集約型ビジネスは国境を越えてやってきますが、最初からマーケットをグローバルで考えるかどうかという点で日米に大きな差があったと思います。

また、私たちはエンタープライズをターゲット顧客としていますが、日本のスタートアップはあまりここを目指していません。成功した米国の上場SaaS企業は、ほとんどがエンタープライズ(+SMB(中小企業))をターゲット顧客としており、収益に対する時価総額は10倍程度となっているので、マーケットの選択も重要です。さらに、エンタープライズはサービス解約率が低い=顧客管理コストが低い、ということも、グローバルに展開する場合重要なポイントとなります。

現在、当社はデータベースを仮想的に統合しトランザクション管理を行うScalarDBという製品と、改ざんを検知する製品を開発しています。この領域は、米国人があまりやりたがらない地味でニッチな分野です。実際に、以前所属していたオラクルでも、トランザクションや品質を担当する開発者はほとんどが日本人だったということもあり、ここに活路を見出せるのではないかと考えたのがきっかけです。

AI時代に求められる人材

SIにおいて、今年1月に公開されたDeepSeek R1がエキスパートヒューマンレベルを超えたことは重要なポイントです。現在、AIはコーディング能力が加速度的に向上し、今年3月にエンジニア経験1年目程度の能力を持つAIが、5月には5年目程度のエンジニアスキルを持つまでになっています。これは大手SIerの下請け先が求められるスキルレベルをすでにAIが持っているということです。さらに、AIの使用コストは技術革新によって急激に低下しており、今後も価格低下は続くと思われます。

こういった状況を踏まえると、2026〜27年頃には、データをもとにAIがソフトウェアを開発する、AIがソフトウェアを飲み込む時代が来るのではないかと思います。すでにその予兆として、AIを積極活用しているビッグテックやスタートアップでは、経験の浅いエンジニアが大量にリストラされています。

また、2025年2月にFRBが公表した統計では、就職できなかった大学新卒者所属学部ランキングで、3位にコンピュータエンジニアリング、また10位以内にコンピューターサイエンスやインフォメーションシステムマネジメントが入っています。これらの学部は3年前には確実に就職できてさらに高収入も見込める学部と言われていましたが、卒業する時には仕事がなく、そのくらい経験値の低いエンジニアの仕事はなくなっているという状況です。

AIはパターン化された作業に強みを発揮するので、SIで「横展開」と呼ばれる部分(実装やドキュメント作成)は今後AIに置き換えられ、人はAIの不確実性を抑え込むことに注力する時代になるでしょう。そこでは、日本語を正しく使い、AIに正確な指示を伝えられる人が非常に重要になると思います。

アーキテクトの役割

本内容は、2025年7月22日に開催されたJIPDECセミナー「デジタル経済レポートから読み解く日本の産業危機からの生き残り戦略」パネルディスカッションでの内容を取りまとめたものです。

株式会社Scalar
代表取締役CEO 深津 航氏

株式会社Scalar 代表取締役CEO 深津 航氏

1998年 名古屋大学大学院 人間情報学研究科卒。1998年 日本オラクルに入社し、サポートサービス本部を経て、データベースのセールスコンサルタント、Siebel、Hyperionの買収に伴いBIおよびEPM事業の立ち上げに従事、その後 Big Data事業の立ち上げを担当。日本オラクル退社後、株式会社OrbにてCBOとして営業/事業開発に従事。2018年に分散データベース技術を基礎にしたスマートコントラクトの実行基盤となるソフトウェアを研究・開発・販売を行うScalar社を山田 浩之氏と共同創業。