2025.05.23
レポート
自治体における市民協働型データ利活用の最新動向
一般財団法人日本情報経済社会推進協会
電子情報利活用研究部 調査研究グループ グループリーダ 松下 尚史
官民データ活用推進基本法(平成28年法律第103号)において、国および地方公共団体はオープンデータに取り組むことが義務付けられたことから、オープンデータは当時話題となりましたが、最近は耳にする機会が少なくなったのではないかと思います。
ところが、一例として、地域の課題解決を目的に、オープンデータを利用したアイデアやアプリケーションのコンテストであるアーバンデータチャレンジでは、その応募件数が、2022年度115件、2023年度131件、2024年度162件と増加しており、かつ、学生(中学生・高校生)の応募も増加傾向にあります。このような結果は自治体の皆様が整備されたオープンデータの裾野が徐々に拡大しているのではないかと感じさせてくれます。他方で、デジタル庁が2024年度に実施したアンケート調査の結果1においても示されているとおり、オープンデータに取り組むことが義務化された自治体側がオープンデータの効果やメリットを実感することは難しく、「一体、何に使われているのか分からない」という声はよく耳にします。デジタル庁は、さまざまな事業者や地方公共団体等によるオープンデータの利活用事例やアクティビティを取りまとめた「オープンデータ1002」を公開していますが、前提条件も環境も異なる取り組みを自らの自治体に適用するのはなかなか難しいのではないかとも思います。
「こどものいばしょ」(和光市)
自治体への適用が難しい中、活用結果を待つのではなく、市民から話を聞き、市民から語られた課題を解決するためにデータを整備し、オープンデータ化を推進したという取り組みがあります。それは、埼玉県和光市の「和光市こどものいばしょ」という取り組みです。
地域で子どもを支える仕組みが求められている一方で、子どもの居場所情報がバラバラと点在し、共有も限定的な状況で、子育て世代に対し、どこにどんな子どもの居場所があるのかが伝わっておらず、情報を伝えるためのまとまった資料すらなかったそうです。そこで、子どもの居場所活動団体がまとめた資料を市が紙で作成したそうなのですが、「手作業が大変」「アップデートが大変」「市の境に住んでいる子どもたちには、隣の地域にどんな子どもの居場所があるか分からない」などの課題も見えてきたため、オープンデータ化に踏み切ったそうです。もちろん、このような取り組みは自治体単独で成したものではなく、和光こどもの居場所会議やシビックテックさいたまとの協働により進められたものです。
この取り組み結果は、和光市の子育て支援サイトにも紹介され、活用されています3。このようにニーズ先行型でデータを作成するという取り組みは、市民の課題解決に直結しますし、市民と対話できる環境を持っている原課であれば、どこでも取り組めるのではないでしょうか。
図1 こどものいばしょマップ(和光市:子育て支援サイトより)
「Dobox」(広島県)
すでに多くのメディアでも取り上げられているので、ご存じの方も多いかもしれませんが、広島県のDobox(土木 × DX = ドボックス)4についても取り上げてみましょう。
インフラデータを活用して地域課題を解決し、データ利活用の重要性を広めることを目的に、2022年度から取り組みが行われています。Doboxは、国・県・市・町が保有するインフラ情報(土木施設情報・3次元データ・3D都市モデルなど)、災害リスク情報、法規制情報などの多様なデータを一元化・オープンデータ化した県独自のデータプラットフォームです。面白い取り組みとして、広島県内の中古マンション流通促進の一環として、一般社団法人マンション管理業協会が推進しているマンション適正評価制度の評価結果もDobox上で可視化されています。もちろん、外部システムとのデータ連携も可能になっています。
広島県では、Dobox構築だけでなく、県内の高専や高校とアイデアソンやハッカソンを実施したり、地元の地銀や企業と連携して大学への講義を行ったり、前述のアーバンデータチャレンジのようなコンテストを実施して、Doboxの利活用推進を後押ししています。この結果、地域の防災アプリ・観光ナビアプリ・農産物生育支援などへのデータ活用が進んでいます。
図2 広島県ホームページ より利活用事例
広島県の取り組みを見ていると、これまで自治体が収集してきたデータをオープンデータ化して終わりということではなく、その後のサポートも含めた普及啓発などにも力を入れていることが、活用につながっていると言えるのかもしれません。他方で、小規模自治体の場合、人的リソースがそこまで割けないという課題も抱えていることでしょう。
「SAGAスマート街なかプロジェクト」(佐賀市)
スモールにデータ利活用を推進している事例として、佐賀市のスマートシティの取り組みがあります。スマートシティは2000年頃から出てきた話だと思いますが、2016年1月に閣議決定された第5期科学技術基本計画(2016~2020年度)においてSociety5.0が提唱され、2018年6月には「未来投資戦略2018-「Society5.0」「データ駆動型社会」への変革-」が示されました。この「未来投資戦略2018」において、『まちづくりと公共交通の連携を推進し、次世代モビリティサービスやICT等の新技術・官民データを活用した「コンパクト・プラス・ネットワーク」の取組を加速するとともに、これらの先進的技術をまちづくりに取り入れたモデル都市の構築に向けた検討を進める』との方針が示されたことから、まちづくりと公共交通、ICT活用等の連携による“スマートシティ”が話題になり、現在もさまざまな自治体でその取り組みが推進されているところです。
そのような中、佐賀市では「SAGAスマート街なかプロジェクト」と銘打って、佐賀市の中心市街地をAIやIoTなどの技術やデータ利活用を通じ、利便性を向上させ、過ごしやすい街を共に創っていこうという実証プロジェクトを行っています。
特徴的な点は、数多くのスマートシティに関する取り組みが行われている中、このプロジェクトでは「街なか」という分野に絞って小さく実証をはじめ、エリアの実態やニーズに適応できるような取り組みを展開していく形でスマートシティを推進している点です。このような方法を採用している背景として、地域に住む人々と対話・連携し、試行錯誤を重ねながら、市民自らが自分事として考え、挑戦していけるような取り組みの実現を目指しているのではないかと考えられます。
実際に「みんなのアイデアスケッチ募集」として、佐賀市の中央大通りに設置する多機能型情報メディア(デジタルサイネージ)にどのようなコンテンツを掲載すればよいか、どのようなデジタル技術が実装されれば街なかが楽しく便利になるかなど、本当に身近な取り組みに対する市民の意見を募り、市民参加で一緒に考えましょうと呼び掛けを行っています。また、市民が参加できるワークショップを定期的に開催したり、データ利活用事例のレポートを発行するなどしてデータ利活用の楽しさを伝えるよう取り組んでいます。
直近のレポートでは、「The SAGA認定酒」のアピールのためにどのように考えればよいかをデータを用いて解説しています5。加えて、都市OS(データ連携基盤)の構築やデータ閲覧ダッシュボード機能によるデータの見える化などへの取り組みも進めています。
図3 SAGAスマート街なかミートアップ2023(脚注:6)
このようなスモールなスマートシティ構想でなければ、市民と協働しながら、というのは難しいのかもしれません。また、市民が参加するからこそ、地域への愛情も醸成されるであろうことを考えると、このようなスモールな取り組みの方が市民も参加しやすく、一緒に地域のことを考えるハードルが低くなるのかもしれません。また、佐賀市の取り組みでは、自走型の運営を目指す一環として新しく「一般社団法人地域デザイン総合研究所」を設立し、ここが核となって事業を運営していくことになっています。
このように自治体だけでなく、地元の企業などと協働することで、自治体だけではできなかった取り組みを推進していくこともできるのではないでしょうか。
日本全体で少子化・高齢化が進み、生産年齢人口が減少していることで、消滅可能性自治体などという言葉も登場しています。そのような状況をただ悲観するだけでなく、より良い街にしていこうと取り組む自治体のこのような身近な活動を、私自身もある自治体に住む市民の一人として注目していきたいと思います。
- 著者
- JIPDEC 電子情報利活用研究部 調査研究グループ グループリーダ 松下 尚史
青山学院大学法学部卒業後、不動産業界を経て、2018年より現職。
経済産業省、内閣府、個人情報保護委員会の受託事業に従事するほか、G空間関係のウェビナーなどにもパネリストとして登壇。その他、アーバンデータチャレンジ実行委員。
実施業務:
・自治体DXや自治体のオープンデータ利活用の推進
・プライバシー保護・個人情報保護に関する調査
・ID管理に関する海外動向調査
・準天頂衛星システムの普及啓発活動 など
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