2022.03.16
レポート
経済産業省 令和4年度デジタル関連施策
経済産業省 商務情報政策局総務課 政策企画委員
片山 弘士 氏
デジタル化の現状と課題
全産業におけるデジタル投資の長期低迷とDX化の遅れ
近年、新たな技術やビジネスモデルの多くはGAFAMをはじめとしたデジタル関連企業が創出してきました。一方、日本のデジタル産業は大きく凋落し、株式の時価総額や様々な指標においてその差は明らかです。
平成の30年間を見てみると、デジタルに限らず日本の産業の国際競争力は相対的に落ち込み、「失われた30年」とも呼ばれ低迷を続けています(図1)。デジタル投資とGDPの動きはほぼ連動していることから、その原因の一つには、国全体のデジタル投資の不足・遅れがあると考えられます。我が国が競争力を取り戻すためには、新しいビジネスモデルや技術の創出などに対する攻めのデジタル投資を積極的に行い、真のDXを進める必要があります。
コロナ禍によって顕在化した課題
また、コロナ禍によってデジタル化が加速する一方、国と地方自治体間、公共サービスの提供時においては、各システムの不整合やデジタル人材の不足など多くの課題が浮き彫りになりました。早急に社会全体でシステムの最適化を図り、行政・公的サービスを見直す必要があります。
デジタル関連政策の方向性
プラットフォームとなるデジタル・アーキテクチャの設計
あらゆるモノがネットワークにつながっていく中で、我が国は、IoTから得られるデータを活用することにより付加価値を創造するデータ駆動型社会へとシフトしていくことが必要です。しかしながら、ただ大量のデータがあるだけでは付加価値を創造することはできず、データを使えるようにするためのアーキテクチャの設計が重要になってきます。
例えば、電子決済や遠隔医療、オンライン教育等Society5.0の最先端サービスをどこでも誰もが利用できるようにするためには、官民のデータを連携させるための仕組みが必要です。そのためには、デジタル・アーキテクチャ(見取り図)の下で、個別最適化を志向する縦割りを排して、横断的で共通化されたデジタル基盤を計画的に整備することが求められます。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)では、産学官から様々な人材を結集し、デジタル・アーキテクチャ・デザインセンター(DADC)を立ち上げ、産学官が連携してプラットフォームとなるアーキテクチャの設計・整備に取り組んでいます。カネやモノの移動などについてのアーキテクチャが設計されることにより、様々なサービス間の連携が可能となり、横断的にビジネスを進めることが可能になると考えます。
デジタル時代に即した規制改革「デジタル原則」
データを利活用する環境を整備する観点からは、現行のアナログを前提とした規制や制度、システムの見直しを進めることが不可欠です。例えば、従来の規制・制度では想定されていなかったデジタル技術(遠隔モニタリング等)を活用することで、より効果的・効率的に法目的を達成することができる場合などが考えられます。昨年12月に閣議決定された重点計画において、「デジタル原則」の考え方が示されました。すなわち、「デジタル完結・自動化」「アジャイルガバナンス」「官民連携」「相互運用性確保」「共通基盤利用」の5つを原則とし、デジタル対応のための規制・制度・システムの点検項目として機能するものです。アナログからAIや遠隔による監査などテクノロジーの進化にあわせて規制緩和する、デジタルを前提としてルールメイキングを行っていくという取組で、今春までにデジタル臨時行政調査会において具体化される予定です。
DFFT(Data Free Flow with Trust)の推進
信頼性のある自由なデータ流通を国際的に実現していくことも重要です。一方、欧州のGDPRや中国のデータセキュリティ法に代表されるように、「個人情報」や「安全保障に関わるデータ」の扱いなど、各国の制度にあいまいな部分も多く、現状、ビジネス等の実務においてデータの越境に係る予見可能性がしっかりと確保されているとは言えません。
日本は、G7の議長国となる2023年をターゲットとして、各国の文化や民族性など固有の事情を踏まえた相互運用可能な制度の構築、国際制度として具体化していくための検討を進めています。具体的には、今年度中に各国制度や企業のデータ越境移転に関する現状把握を完了させ、次年度は各国間のギャップ分析を行います。2023年には、ギャップの調整措置を具体化するための体制構築を行うスケジュールで進めていきます。
デジタル取引における環境整備の推進
デジタルプラットフォームの存在感が増す中で、デジタル経済における取引の透明性を確保することも重要です。こうした背景から、2021年4月から、Eコマースとモバイルアプリストアでの取引における、安全性、透明性の確保を目的とした「デジタルプラットフォーム取引透明化法」の運用を開始しました。これは、例えばECモールで自社ブランド商品がおすすめ商品として表示されている場合に、それが顧客による正当な評価の結果としてのものであることなど、プラットフォームにおけるルール等について透明性を確保するための規律で、現在のところアマゾン、楽天、ヤフー、アップル及びiTunes、グーグルの5つを特定デジタルプラットフォーム提供者として指定し運用しています。
事業者保護の観点で進められているもので、前述のECモールに出店している事業者に不利益があった場合等の相談窓口を設け、公正取引委員会とともに然るべき対応をとっていくことになります。
さらに現在、デジタル広告市場においても透明化法の規制対象に追加する方向で法制面での措置を検討中です。
企業のDX推進
事業の在り方そのものをデジタルの力で変革し、付加価値を生み出していくという意味で、DXは個社の経営戦略に直接紐づいてくるものと考えています。経済産業省としてもIPAと連携し、「DX銘柄」を設け注目企業を選定するほか、優良な取組みを行う事業者を認定する「DX認定」なども行っています(図2)。また、そのレベルに達していない事業者に対しても、自社の取組み状況を自己診断できるDX推進指標も提供しています。実際には、DX推進指標の自己診断結果を提出した企業の中でも、90%(2020年)はまだ全社戦略に基づいた取組みが実施できていないレベルのため、DXの投資促進税制の活用なども含め今後も継続的な取組が課題となっています。
政府情報システムのためのセキュリティ評価制度(ISMAP)
政府が利用する情報システムにおいては、クラウド活用を第一候補とする基本方針「クラウド・バイ・デフォルト原則」に則ってクラウド化が進められており、現在、経済産業省のシステムも一部を除きクラウド化されています。ここで、政府が取り扱う情報の機微性から、クラウドサービスがどの程度の水準のセキュリティを担保しているかが問題となります。こうしたことを背景に、パブリッククラウドサービスのセキュリティを評価するためのプログラムとして、政府情報システムのためのセキュリティ評価制度(ISMAP)が作られました。ここでは、定められた要件を満たしたサービスリストを公表しており、このリストにあるサービスに関しては政府に加え、重要インフラ事業者によるシステム調達にも活用するよう促しています。一方、ISMAPはコスト負担が大きい点なども勘案し簡略版等の運用も検討中です。今後、更に機密性の高い情報をどのように取り扱うかが論点となりますが、パブリッククラウドとプライベートクラウドを組み合わせたパブリッククラウドを活用していく方針となっています。
5G・データセンターの整備
デジタルサービスを支えるのは5Gやデータセンター等のデジタルインフラです。ポスト5Gの時代を見据えれば、自動運転やメタバースなど、今後はますます大容量・超低遅延の情報通信が必要となるため、情報を処理するために必要となるネットワークの物理的な距離が重要になっていきます。一方で、現在、東京・大阪に5G基地局やデータセンターが集中しており、災害等危機管理の観点からも、5G基地局、データセンターの地方分散が急務です。このため、2025年頃までの分散化を目指し、税制面での優遇措置の延長や拠点整備のための支援等も進めています。国が旗振りをし、分散させた上で最適配置を行うことで、大都市一極集中を解消し低遅延化を目指してまいります。
半導体産業復活の基本戦略
半導体は、社会のあらゆる電子システムを制御する基盤デバイスであり、データ駆動型経済を支えるいわば「産業の脳」として極めて重要な存在です。一方で、我が国には最先端のロジック半導体を製造する能力がありません。現状、主にパソコンとスマートフォン、データセンターが利用の大半を占める半導体ですが、2030年に向けて自動車や産業機器などの割合が増加し、様相が変わってくると予測しています(図3)。したがって、ポスト5G時代に不可欠な先端半導体の安定供給を確保することは、安全保障上の最重要課題です。実際に、5.7兆円規模のデジタル産業政策を講ずることを表明したアメリカに加え、2022年2月には欧州委員会が「欧州半導体法案」内で約430億ユーロを投資すると発表しており、各国が安全保障の観点から重要な生産基盤を囲い込む政策を展開し始めています。
日本では、昨年末に成立した「5G促進法」による支援措置を中心に1兆円規模の予算が組まれました。高性能な半導体の生産能力確保は、半導体産業に係る戦略的自律性の確保のみならず、デジタル産業全体への裨益という観点からも重要です。
年々半導体が担う機能は増大しており、機器毎に作り込まれた固有の半導体の利用も拡大するなど、サプライチェーン上でも不可欠性が増す中、ロジック半導体以外にもアナログ半導体、パワー半導体なども不足しており、しっかりとした生産基盤の強化等に対する支援も継続して行っていく必要があると考えています。NTT等が進める光電融合など、今後さらなるゲームチェンジとなりうる次世代のデジタル基盤技術に関する研究開発等も注目されています。
デジタル人材の育成
長年課題となっているデジタル人材の不足については、講義の受講等に加え、ビジネス現場での実践を通した課題解決能力を磨く事が重要と考えています。また、ベンダー側ではなく、ユーザー側の育成を強化していく必要があり、情報処理技術者試験等の内容も変化していくことになります。そこで経済産業省では、幅広い人材確保を目的としたプラットフォームの立ち上げを予定しており、身につけるべきデジタルスキルの目的やレベルに応じて、民間の教育コンテンツをマッチングするポータルサイトを開設するとともに、企業のDX事例をもとにした実践的教育プログラムの提供、さらには民間企業が抱える課題に対して、チームを派遣し解決策を探るなどの取組みに繋げていきたいと考えています。文部科学省や厚生労働省と連携し検討を進めており、ポータルサイトは2021年度末を目途に立ち上げを予定しています。
サイバーセキュリティ政策
あらゆるモノがネットワークにつながり利便性が向上する一方、リスクも増大しています。
IPA/産業サイバーセキュリティセンターを中心とした、人材、組織、システム技術の開発の強化のほか、リスク対策として、業種別・分野横断的なガイドライン(サイバー・フィジカル・セキュリティ対策フレームワーク)や、中小企業・地方へのサイバーセキュリティ対策の普及促進を目指したサイバーセキュリティお助け隊制度などによる支援も行っています。また、国境を越えて行われるサイバー攻撃への対処や重要インフラ事業者での事案発生時に初動支援など、JPCERT/CC、J-CRATとの体制も強化し連携を進めてまいります。
経済産業省 商務情報政策局総務課 政策企画委員 片山 弘士氏
2007年に東京工業大学理工学研究科電子電気工学専攻を修了後、経済産業省入省。
内閣官房(原子力損害賠償支援機構法の制定等)、留学(英LSE)、資源エネルギー庁(水素基本戦略の策定等)、産業技術環境局(産業技術ビジョンの策定等)を経て、2020年7月から安全保障貿易管理政策及び経済安全保障政策を担当。
2021年7月より現職。