一般財団法人日本情報経済社会推進協会

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2014.11.25

レポート

日本における電子記録普及の課題

アステラスリサーチテクノロジー株式会社
研究管理部 次長  上原 小百合 氏

印刷用

第一部 重要な業務記録の電子化が進まない

企業など特定集団の中での、情報共有や保存を目的とした、重要な社内文書・記録類や当局申請用の文書・記録類は、電子化された環境で処理されているにも関わらず紙が多用されている。電子文書・記録はその利用目的に応じて、利便性や真正性、保存性など満たすべき要件の重要性や優先順位が異なり、ある要件を満たそうとすると、他の要件が十分に満たせないというジレンマに陥る場合がある。紙と電子は、取扱いのしやすさ、管理できる情報量、真正性の担保、長期保存、見読性確保という観点で見た時、その利便性において大きな差がある。現実的には、①運用は電子、保管は紙というハイブリッド運用が楽であること、②申請・取引の際に相手先から紙での提出が求められること、③電子ファイルを検索しやすいように管理していない、といった理由から電子文書・記録の利用がなかなか進んでいない。

第二部 重要情報の電子化における課題~非臨床研究業務からの考察~

新薬の開発には創薬研究、非臨床研究、臨床研究、工業化研究(製剤、製法)といった一連の段階があり、特許申請には物質特許、用途特許、製剤特許、製法特許などがある。日本の特許期間は原則20年間(最長5年の期間延長が特許法第67条2により認められる)であり、通常、特許取得後に厚生労働省への製造販売承認申請を行う。市販後3~8年後に再審査を受け、その後も時期は確定されないが再評価を受ける。製薬会社は、GLP(安全性に関する非臨床試験の実施基準)やGCP(臨床試験の実施の基準)といった数多くの国の規制の下、信頼性の高い文書・記録の作成とそれらの保存が求められ、実質的には最低でも30年の資料保存が必要となっている。規制への適合状況は、当局によって書面もしくは実地で査察される。製薬会社には取得したデータや資料についての説明責任があり、単に規制対応ということだけでなく、信頼性確保や訴訟対応、社内規則の順守、会社の財産を守るという観点からも、記録の長期保存は必須である。
研究開発に電子記録を利用する場合、紙の記録に求められている規制のみならず、電子署名法やe文書法を基に定められたERES指針と研究開発の各段階に特有の電子記録に関する規制を守る必要がある(非臨床研究の場合はGLP チェックリストに示されている)。ERES 指針には、承認申請に電子記録(法律では電磁的記録と呼ばれる)と電子署名を用いる際の根幹となる要件(真正性、見読性、保存性)が示されている。
非臨床試験の研究現場では様々な文書とデータが発生する。文書には、実験ノートや社内会議資料、ビジネス文書などがあり、紙または電子の形式で部門フォルダや文書管理システム、資料保管庫に保管される。一方、実験データの種類は、天秤、ノギス、観察結果などから発生した数値やテキスト、デジカメやビデオカメラなどで撮った画像、PETやNMR、CTなどの多次元の画像データ、デジタルレコーダーから取得した生体電気信号、高速液体クロマトグラフィーなどから取得した分析データ、環境モニタリング装置から取得した環境測定データなど多岐にわたる。得られたデータは測定装置の付属PC や記録媒体、部門フォルダ、データ保存システムなどに電子的に保存され、プリントアウトなどの紙の記録は資料保管庫に保存される(図1)。

図1

このように研究現場では多様なフォーマットから成る大量の電子記録が発生しているが、それぞれについて長期の見読性確保と保存方法を確立する事は、企業単独では対応困難であり、結局、紙にしているというのが現状である。データの種類に応じた標準フォーマットの普及や読み取り専用ソフトの提供、長期保存性、見読性を考慮した技術開発などIT側からの解決策の提供が求められる。
また、2011年に実際にあった事件だが、約600社から非臨床試験を受託していた会社が突然倒産し、報告書、試験データ、施設の管理記録が破産管財人に差し押さえられた。段ボール箱約350箱にも及ぶそれらの記録は、いずれかの試験委託会社1社に引き渡して終わり、というものではないので、5社から成る「委託者会」を結成し、委託者約600社の同意をとって破産管財人と譲渡契約をし、対価を支払って譲り受け、第三者である資料保存施設に対価を払って移管し、保管料を支払って資料保存を継続している。このやり取りに約2年を費やし、その間、この会社のデータを用いた製造販売承認申請の審査はストップしてしまった。紙の記録でさえもこれだけの手間と時間がかかったが、もしこれが電子記録であったら、データを保存したままの機械の売却や不用意なデータ抹消の阻止、真正性を確保した状態での移管、資料保存施設に電子記録を読み取るための各種システムを設置するといった追加の設備投資が必要となった可能性がある(図2)。

図2

第三部 電子記録普及の課題

現在、測定装置で取得される各種データには標準フォーマットがほとんど存在せず、専用ソフトがなければデータが読み出せないため、互換性や長期保存性の観点から電子記録の利用に制限がかかってしまっている。また、OSやソフトウェアの更新、ハードウェアの老朽化、記録媒体の劣化によりデータが読み出せなくなる、あるいはクラウドサービス上のデータ消失など、システムのセキュリティや信頼性の点でも依然課題が残っている。30年以上の記録の維持が求められる現場には、長期にわたって安定したIT環境が供給されることが必要である。また規制当局が電子データのメリットを活かした申請・審査方法を採用していくことにより、電子記録の利活用が普及すると思われる。
電子記録の利活用が進まない要因には、紙の資料を探す手間や紙と文書の二重保存をコストと考えていない、IT知識の不足によって電子記録のメリットが理解できない、電子記録のメリットを最大限に活かすための業務手順の大胆な見直しが行えていない、といった企業側の責
任もある。業務・法律・ITを束ねられる人材を育成することが必要である。どこから手をつけるべきかがわからない場合は、リスクマネジメントの考え方を採り入れることも有用である。資料保管施設においては、①保存と蓄積(物理的環境)、②人事、管理及び運営の手順、③運用とサービス提供、④ハードウェア、ソフトウェアまたは通信設備の観点から数値化したリスク評価結果を基に、弱点や改善の緊急度を総合的に判断する方法がある(「リスク評価に基づくデジタルリポジトリ監査法( Digital Repository Audit Method Based on RiskAssessment)」。総合的な評価を基に、リスクが高い、あるいは電子化ニーズが高いところから着手する。
電子記録普及の課題は一言で言うと長期保存性と見読性であり、この課題を解決するためには、規制当局、IT 業界、企業の総合力が必要である。

  • 2014年11月25日 第43回電子情報利活用セミナー「本人確認と電子記録利活用の潮流」