レポート

人流・観光とICT
帝京平成大学 現代ライフ学部観光経営学科 観光経営学科長・教授 寺前 秀一 氏

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観光の定義と「人流」の概念

 観光とは、脳に違いや刺激などの影響を与えて人が移動したくなるという信号のようなものだと考えている。観光とは一般的に日常生活圏を離れて非日常的な活動を行うことだと定義されているが、交通手段の発達や余暇時間の増加が進み、最近は日常と非日常の相対化により観光の概念が曖昧になってきている。出張だが心は遊びという場合や、会社のために自己負担で外出する場合もあり、「ツーリズム」という言葉の矛盾した使われ方(メディカルツーリズムやシューイサイド(自殺)ツーリズムなど)も見られる。そこで私は、観光かそうでないかという区分よりも、物流と同じように「人の移動」に着目すればよいと考え、「人流」という概念を提唱している。物流をいかに効率的にするかというテーマと同様に、「人流」についても、いかに効率よく心の満足を高めて過ごすかということを、技術の発展により位置情報の収集・分析や脳内の思考の解析が進むなかで、科学的に考えるべき時代に入ってきたと考える。

人流・観光マーケティング

 現在は、人の移動情報や位置情報の大量収集が容易になり、様々な解析が進んでいる。物流では、情報分析に基づいたサプライチェーンマネジメントの効率化や売上向上に向けた取組が進み、売り手が消費者のいる所まで届けることが普通の時代となっているが、人流についても、ホテルやテーマパークが最寄りの駅、空港や東京都心までの送迎サービスを提供するなど、「利用者をお迎えに行きます」という時代に入っている。
 Googleは人の移動に対しても関心を持っており、人の移動情報と、検索エンジンのサービスやウェアラブル端末などから収集する情報などとも組み合わせて、次の行動を予測しビジネスに利用しようと考えているのではないか。年代や居住地などの情報に基づく行動傾向の予測は現在も行われているが、ある個人の生活パターンをピンポイントに詳細に把握して、例えば私が講演後にタクシーに乗って移動するだろうと予測しビルの下にタクシーをまわしておく、といったことが行われる時代になるのではないかと考える。

脳科学と観光学

 今後脳波の研究が進むと、観光資源に対する反応データを脳内情報として収集し、移動情報や他の情報と組み合わせて、「人流」に関する予測や仮説が立てられ、マーケティングの科学的化を行うことができるのではないか。Googleはタクシー会社も関連企業に迎えて、様々な情報収集と検索機能が進化した人工知能により、心を読み取り先回りして車を配車するという、木下藤吉郎の草履取り戦略のようなことを行おうとしている。これは日本のタクシー会社にも可能だと考える。
 検索技術や画像認識技術の進展も著しく、将来は、文字検索のみでなく、画像・映像検索や、匂いや痛みなど非言語の感覚のコンピュータによる認識が可能となり、人工知能に近いものも誕生するだろう。「人を移動させる心とは何か」ということについても、脳科学を用いて科学的に説明されるようになり、刺激や違いなど頭の中の反応を研究対象とする観光学は、いずれ脳科学の学問分野に吸収されるのではないか。その時には脳科学は、全体の科学を説明する「上位の学問」、あるいは「すべてが脳の反応で説明できる学問分野」といった「統合科学」のようなものとなっているかもしれない。

脳科学の進化、地理情報の増大と、観光への影響

 大阪大学の石黒浩先生が「自分が操作するジェミノイド(実在の人間のコピーロボット)が触れられた時、自分が触れられたかのような感覚が発することがある」という研究を発表したが、この感覚は身体感覚の転移と言い、脳科学でも注目されている。脳科学が発達すると、観光における満足感や充足感も変わってくると考える。多忙な人が自分の代わりに人形に観光をさせ写真や動画等を楽しむということが行われているが、技術の進展により、例えば人形を介して旅先で感じる匂いや感触も得られるなど、より臨場感に溢れた体験を行えるようになると、より満足感も高まるかもしれない。限られた人生のなかでいかに効率よく様々な体験をするかということが「人流」の一つのテーマであると考える。
 最近では、タイムトラベルの機能も持つストリートビューや、航空写真、地表、建物内など様々な地理関連画像の無料公開を進めるGoogle Maps、リアルな3D画像のGoogle Earthなどにより、観光案内書が不要となるほど多くの情報が提供されており、今後、世界各地の情報の入手はより手軽に容易になっていくだろう。あらゆる観光産業、周辺産業と情報産業がGoogleのサービスに集約される傾向が強まっていると感じる。

タクシーの新たなビジネスモデル「定額制乗り放題」の提唱

 Googleの関連企業で、スマホを活用したタクシー会社のUberは、22か国でサービスを展開し、日本でもひっそりと試行を開始している。スマートデバイスと位置情報を利用した指定場所へのオンデマンド配車、キャッシュレスの決済、メールでの領収書送信や運転手評価が可能といった特徴がある。各国や自治体が定めるタクシー業務を行うための免許を持たずにサービスを提供していることで、海外では既存のタクシー会社によるデモや訴訟が行われている。確かに脱法的な面があると思うが、事実として、そのような動きが現実に日本を含む世界で起こっている。
 日本のタクシー業界は、運転手の評価が困難であることからも歩合制の給与体系となっているが、既にUberで行われている運転手の評価や、監視・管理の仕組みができれば、情報分析に基づく配車の効率化が進み、仕事の形態や給与体系の変更が起こるかもしれない。位置情報をはじめとした様々な情報の入手と、お客様の反応の把握により、タクシーが近代的な輸送形態に変わる可能性がある。
 ニューヨークの独立系カフェでの月額制コーヒー飲み放題や、日本の地方での定額制バス乗り放題などが流行しているが、タクシーの分野でも、定額制乗り放題というビジネスを提唱したい。都市、地方の双方において、マイカー保有と比べたメリットやニーズがあるだろう。この新たなビジネスモデルは、情報を活用した効率の良い配車や、観光や宅配便など他のサービスとの組み合わせを工夫でき、様々な可能性を持つと考える。

  • 2014年9月19日 第41回電子情報利活用セミナー「位置情報と人流・観光ビジネス」