2026.04.20
レポート
令和8年度 経済産業省デジタル関連施策について
経済産業省
商務情報政策局総務課 政策企画委員 寺川 聡氏
本講演では、令和8年度の経済産業省デジタル関連施策について、半導体、AI、データセンター、サイバーセキュリティ、人材育成といった主要分野を軸に、その全体像と背景にある考え方を解説します。デジタル政策は個別の施策ごとに理解されがちですが、実際にはそれぞれが密接に関連しています。施策同士のつながりを意識しながら、全体像として捉えていただけると良いと思います。
デジタル施策の全体構造と「好循環」
デジタルエコシステムの本質は、AIや半導体といった個別分野の強化だけでは十分な競争力は生まれない点にあります(図1)。重要なのは、それぞれがどのようにつながり、全体として機能するかという視点です。

図1.我が国が実現すべきデジタルエコシステムの全体像
製造業、物流、医療、公共といった現場でAIやデジタルサービスが活用されることで、高品質なデータが蓄積されていき、そのデータを基盤としてAIモデルがより進化を続けることで、付加価値の高いサービスの提供が可能となります。
加えて、サービスの高度化は、クラウドやエッジの計算基盤、通信・電源インフラ、半導体への需要を押し上げるとともに、人材確保やサイバーセキュリティ対応の重要性も高めます。すなわち、「デジタルサービスの社会実装 → データの蓄積 → AIモデルの高度化 → 計算基盤・半導体の強化」という好循環をいかに構築し、加速させるかが施策の中核となります。
特に日本の場合は、製造業、物流、医療、公共、防衛など多様な“現場”に強みを持っています。この現場で生まれるデータとノウハウを起点に、好循環を強化していくことが鍵となります。この好循環を支える基盤の一つが半導体であり、次にその戦略的強化について説明します。
日本の半導体戦略と投資の方向性
半導体は、あらゆる産業を支えるデジタル社会の基盤であり、経済安全保障の観点からも重要性が高まっています。政府は、2030年までに国内半導体企業の合計売上高を15兆円超へ引き上げる目標を掲げ、「半導体生産基盤強化」「次世代半導体の技術確立」「将来技術開発」という段階的な戦略を推進しています(図2)。

図2.我が国の半導体戦略の基本方針
半導体市場は、2025年の約107兆円から2035年には約189兆円へと拡大が見込まれており、特にAIデータセンター分野の成長が見込まれます。こうした背景のもと、政府は2030年度までの7年間で10兆円以上のAI・半導体支援を実施し、これを呼び水としてその後10年間で50兆円超の国内投資を実現する方針です。
なお、この枠組みは「AI・半導体産業基盤強化フレーム」として制度化されており、次世代半導体の研究開発や量産投資、AI計算基盤の整備などに重点配分されています。
三層構造で進む半導体支援
半導体支援は、大きく三つの枠組みで構成されています。
- 先端半導体の設備投資を支援する「特定半導体基金」
- レガシー半導体や材料・装置の供給確保を担う「経済安全保障基金」
- 将来技術を支える研究開発を支援する「ポスト5G基金」
特に特定半導体基金では、これまでに約2.2兆円が措置され、熊本や三重、広島など各地でプロジェクトが進行しています。これらは短期的な施策ではなく、10年以上の継続生産を前提とした中長期的な基盤整備です。
熊本の事例では、2022年からの10年間で約11.2兆円の経済効果、GRP(域内総生産)への影響額は約5.6兆円、雇用も1万人超の増加が見込まれるなど、地域経済への波及効果も注目されています。
また、経済安全保障基金では、ネオンガスのリサイクル、車載向けマイコン、SiCパワー半導体など、サプライチェーン全体を対象とした支援が進められています。
さらに、次世代半導体ではラピダスへの支援が進められており、2ナノメートル世代の量産技術確立に向けた国家プロジェクトとして位置づけられています。
AIサプライチェーンと日本の強み
AIは、「アプリケーション」「個社・領域特化モデル」「マルチモーダル基盤モデル」「計算インフラ」といった階層構造で捉えることができます(図3)。この中で日本の強みは、「現場データ」と「ハードウェア」の融合にあります。製造業や災害対応、ロボティクスといった分野では、この強みを活かした競争力発揮が期待されています。

図3.AIサプライチェーンの各ドメインの考え方
AIの進化と現実的な活用フェーズ
AIは急速に進化を続けており、将来的には汎用AI(AGI)の実現も視野に入っています。一方で現時点では、企業の基幹業務においては、特定の業務や領域に最適化された「領域特化モデル」の活用が現実的です。今後は、この領域特化モデルの高度化と実装を着実に進めていくことが重要となります。
マルチモーダル化とフィジカルAIへの展開
近年の大きな変化として、AIのマルチモーダル化が急速に進展しています。テキストに加え、画像、音声、動画、さらには3Dセンサー情報など、多様なデータを統合的に扱うことが可能になりました。
これにより、AIは単なる情報処理を超え、現実世界の理解や判断、さらには行動まで担う「フィジカルAI」へと進化しつつあります。ロボティクス分野においても、従来のティーチング型から、自律的に学習・行動するAIロボットへの転換が進んでいます。
政策的支援(GENIAC)と今後の展開
こうした動きを政策面から支える枠組みとして、経済産業省は「GENIAC」を推進しています。これは、基盤モデルの開発から領域特化モデル、さらには社会実装までを一体的に支援する仕組みです。従来は計算資源の提供が中心でしたが、今後はロボットの開発・導入支援も対象に加え、AIロボット分野への対応を強化していく方針です。これにより、フィジカルAIの実装までを見据えた、より包括的な支援が可能となります。
また、フィジカルAIの競争力は、単にモデル性能の高さだけで決まるものではありません。制御系マイコンなどのハードウェア、安全設計、運用設計、さらには導入後の保守・改善までを含めた「統合力」と「運用力」が重要となります。この点において、日本は現場力や品質管理、制御技術といった強みを有しており、これらを活かすことで国際競争力を発揮できる可能性があります。
データが競争力を左右する時代へ
今後のAI競争において、鍵を握るのは「データ」です。特に、企業や現場に蓄積された独自データの価値が一層高まっています。
一方で、現場データは非構造で扱いにくく、そのままでは活用が困難です。このため、データを整理・構造化し、活用可能な状態にする「AI-Ready化」が重要となります。さらに、量の観点からは企業単体でのデータ整備には限界があり、企業間・業界間での連携も不可欠です。相互運用性の確保やデータ主権への配慮を前提に、データスペースの整備や共通仕様の検討が進められています。
デジタル社会を支える電源基盤(蓄電池)
蓄電池は、カーボンニュートラルの実現やモビリティの電動化、再生可能エネルギーの主力電源化を支える重要な基盤です。一見するとデジタル分野とは異なる領域に見えますが、AIデータセンターやロボット、モビリティ、スマートフォンやドローンなどの普及に伴い電力需要は急増しており、電源基盤の重要性は一層高まっています。
こうした状況を踏まえ、政策としては蓄電池セルにとどまらず、部素材や製造装置を含めたサプライチェーン全体を視野に入れた国内基盤の強化が進められており、2030年に向けた国内製造基盤の強化を目標に、基盤整備が進展しています。
また、AIの高度化に伴い、データセンターを中心とした計算資源需要が急増しています(図4)。これに対応するには、クラウド整備に加え、電力・通信・立地制約への対応が不可欠となり、電力供給や通信インフラ、用地、脱炭素電源を一体的に設計する「ワット・ビット連携」が進められており、持続可能なデジタル基盤の構築が目指されています。

図4.ワット・ビット連携実現に向けたGX戦略地域の選定について
経済安全保障を支えるサイバーセキュリティ
サイバー攻撃は高度化・巧妙化しており、国家レベルでの関与も指摘されています。サイバーセキュリティは、経済安全保障上の重要課題です。政策は主に、サプライチェーン全体での対策強化、セキュア・バイ・デザインの実践、政府全体でのサイバーセキュリティ対応体制の強化、サイバーセキュリティ供給能力の強化という四つの柱で構成され(図5)、あわせて企業の対策状況を可視化する評価制度や中小企業向け支援の整備等も進められています。

図5.経産省におけるサイバーセキュリティ政策の全体像及び今後の方向性
さらに、海外依存からの脱却を見据え、国内セキュリティ産業の育成も急務です。その中核となるのが、製品やサービスの信頼性向上で、情報処理推進機構(IPA)などが実際に製品を活用・検証する仕組みを整備し、特に政府調達を通じた導入拡大により実績を蓄積することで、市場全体への波及を図る方針です。加えて、セキュリティ水準や信頼性を客観的に確認する制度の整備も進められており、利用者が安心して選択できる環境づくりを目指しています。
デジタル人材基盤の強化
AI時代に求められるのは、単なる人数拡大ではなく、設計・開発・運用・改善までを一貫して担える人材の確保です。そのため、スキルの可視化やリスキリングを促進する仕組みの整備に加え、情報処理技術者試験の見直しにより、データマネジメントなど新たな分野への対応が進められています。
さらに、突出した才能を持つ人材を育成する「未踏事業」も継続的に推進されています。プロジェクトマネージャーによる伴走支援を通じて先進的な人材の育成が20年にわたり行われており、近年では地方への展開も進み、地域における人材育成の好循環が生まれつつあります。
最後に
日本の強みは「現場」にあります。そこに蓄積されたデータやノウハウ、品質や制御へのこだわりを、AIや半導体と組み合わせることで、競争力へと転換していくことが重要です。これらの施策を統合的に推進し、「好循環」を実現できるかどうかが、今後の鍵を握っています。
本内容は、2026年3月26日に開催されたJIPDECセミナー「令和8年度 経済産業省デジタル関連施策について」の講演内容を取りまとめたものです。
- 講師
- 経済産業省 商務情報政策局総務課 政策企画委員 寺川 聡氏