2025.03.19
レポート
令和7年度 経済産業省デジタル関連施策について
経済産業省
商務情報政策局総務課 政策企画委員 寺川 聡氏
半導体・AI産業の振興
産業成長のために不可欠なデジタル技術基盤
日本の産業が今後も成長を続けていくためには、「AI」「計算資源」「最先端半導体」などのデジタル技術基盤の整備が不可欠で、これらをシームレスに連携させることが重要となります。実際、GAFAはすでに自社で半導体設計を含む基盤モデルを構築し、TSMCなどの半導体受託製造企業に製造を委託するなどの取り組みを進めています。
日本がデジタル技術基盤を整備する上で鍵となるのは、モビリティ、ものづくり、医療・介護といった各分野のニーズを的確に捉え、これらの分野と連携しながら開発・生産を進めることです。デジタル技術基盤の整備と産業分野との連携がなければ、日本の産業競争力の強化は難しいでしょう。
さらに、日本のデジタル関連の貿易赤字が拡大する中、海外依存度の上昇はさらなる赤字拡大を招く恐れがあります。特に、海外のクラウドサービスやAIサービスの活用が進み、日本の産業構造が対外的な依存を強めている現状を踏まえると、デジタル技術基盤の整備は急務です。
先端半導体の製造基盤整備
経済産業省は、令和3年度から半導体分野に改めて注力しています。歴史を振り返ると、1976年から1979年にかけて、国家プロジェクトとして「超LSI技術研究組合」が創設されるなど、日本の半導体開発は大きく進展しました。1980年代には、日本の半導体生産量が米国を上回り、DRAM(半導体メモリの一種)では世界シェアの8割を獲得した時期もありましたが、1986年の日米半導体協定を契機に、開発の勢いは次第に衰えていきました。
2000年代に入っても日本の半導体産業は厳しい状況が続いていましたが、経済産業省は、経済安全保障の観点や、DX・GXの推進といった世界的な社会課題を踏まえ、半導体産業の再興を重要な政策課題と位置づけました。その一環として、令和3年3月に「半導体デジタル産業戦略検討会議」を設立し、同年6月には「半導体・デジタル産業戦略」を策定しました。令和3年度から5年度にかけて、累計約4兆円の財源を確保し、先端半導体だけでなくレガシー半導体を含めた基盤整備を進めています。
直近では、TSMCやJASM、KIOXIA、Micronなどの国内誘致や助成を行っています※1。これに伴い、半導体製造企業の日本進出による九州地域の経済波及効果も試算されており、TSMCの場合、2022年からの10年間で総額11.2兆円、域内総生産(GRP)への影響は5.6兆円と見積もられています※2。設備投資額も大幅に増加しており、投資決定の翌年にあたる2023年度は対前年比80.3%増と過去最大の伸びを記録し、2024年度も同水準の投資が継続されています。さらに、雇用の増加や賃金水準の上昇も確認されており、半導体分野への投資が日本経済にもたらす効果は非常に大きいものとなっています。
ラピダスプロジェクト
今後のDX・GXのさらなる推進を目指し、日本は2ナノメートル以下の次世代半導体の開発プロジェクトを、米欧の先端企業や研究機関と連携して進めています。現在、北海道千歳市では新工場の設立に向けた準備が急ピッチで進められており、2025年春の稼働開始を予定しています。
政府は、すでに研究開発費として総額9,200億円の支援を決定しており、今後も必要な審査を経た上で、追加の支援を行う方針です。
AI・半導体関連支援策の方針と強化フレーム
政府は、AI・半導体分野を含むデジタル技術などの産業基盤を強化するため、2030年度までの7年間で約10兆円以上の財源を確保し、複数年度にわたる大規模かつ戦略的な支援を実施する方針です(図1)。
この取り組みにより、2030年度までに売上高15兆円の達成を目指すとともに、官民合計で約50兆円の関連設備投資を促進し、さらに半導体生産施設に伴う約160兆円の経済波及効果を実現したいと考えています。
図1 AI・半導体関連支援策の方針
なお、2024年11月に「AI・半導体産業基盤強化フレーム」が閣議決定され、続いて2025年2月には、「情報処理の促進に関する法律」および「特別会計に関する法律」の一部改正案が閣議決定されました※3。
改正案の主なポイントは、次の3点です。
- 指定高速情報処理用半導体に関する支援
次世代半導体に関して、安定した生産体制を確立するため、国内の事業者を公募し選定します。選ばれた事業者には、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)から資金や設備等現物の出資、債務保証などの金融支援が行われます。 - 高度な情報処理の性能を有する設備の支援
高度な情報処理を行う設備を導入しようとする情報サービス業者に対して、必要な資金調達のための社債引受や資金の借り入れに関する債務保証を行い資金面で支援します。
- デジタル人材の育成
これまでもIPAではデジタル人材の育成を行ってきましたが、さらに強化しIPAの業務の中心に人材育成を位置づけて注力していきます。
さらに、財源の確保(図2)に関しては、会計の明瞭化を目的としてこれまでの一般会計での予算措置ではなく特別会計での経理管理が行われます。新たに「先端半導体・人工知能関連技術勘定」が設立され、財源は主に「財投特会」「エネルギー需要勘定(GX債など)」「一般会計」の3つの財源から確保され、合計で約6兆円となっています。さらに、金融支援として4兆円が確保され、これはGXに関連する施策に活用される予定です。なお、この財源確保に向けた特別会計に関する法律の改正については、現在措置が進められています。
図2 AI・半導体産業基盤強化フレームのスキーム概要
生成AI開発力の強化 ~GENIAC~
経済産業省では、生成AIの開発強化のため主に下記の3点を中心とした「GENIAC(Generative AI Accelerator Challenge・ジニアック)プロジェクト」を推進しており、これまでに2サイクル実施しました。
- コア技術である基盤モデルの開発力強化に向けた計算資源の調達支援
- 国内外の開発者同士の交流促進
- AIの本格利用を目指すユーザーや、モデルの性能に寄与するデータの保有者等との連携促進
1サイクル目では、大企業からスタートアップ、アカデミアなどの申請の中から10社程採択し大規模言語モデルの基礎体力作りに一定の成果を上げました。2サイクル目では、マルチモーダル化や分野特化型のAIなど、より社会実装を重視したモデルの開発支援を行いました。
AI・ロボットによる社会課題の解決に向けた取り組み
特定の分野に特化したAI基盤モデルの開発も進めていきたいと考えています。ロボット活用には、多様な動作の実現や人と接する複雑な環境への対応が不可欠ですが、ハードとソフトが一体化したロボットでは、開発の柔軟性が低いことが課題です。
そこで今回、市場や顧客のニーズや好みに合わせ多種多様な製品を少量ずつ製造する少量多品種市場への導入に向けて、さらなるオープンな開発基盤の構築やロボット分野のデータ収集、AI開発等の促進が必要と考え、予算措置を行いました。特定分野特化型ではなく、動作制御、画像認識、センシングなどの機能ごとに分解し、オープンな開発環境の検証と選別基盤の構築を目指す方向性としています。
技術制約への対応(図3)としては、圧倒的に不足しているデータ基盤の整備が求められています。さまざまな現場に実機を導入し、試験用ロボットから得られるデータを量・種類・質ともに拡充する必要があります。集約されたデータを基に基盤モデルを開発し、製造、運搬、清掃、飲食、介護、医療などの分野において社会実装し、そのフィードバックを得るという循環を作り出すことを目指しています。
図3 技術制約への対応:ロボティクス分野におけるデータエコシステム構築とAI開発の促進
AIセーフティ・インスティテュート(AISI)の取り組み
AIの安全性基準についての検討が進められています。2024年2月、内閣府をはじめとする関係省庁の協力のもと、国内外の関係機関と連携し、AIの安全性確保に向けた手法の検討等を行う組織として、IPAにAISI(AIセーフティ・インスティテュート)が設置されました。具体的な取り組みとして、評価観点ガイドとAIセーフティ評価手法レッドチーミング手法ガイドを発表しています。さらに、海外のAISIとも連携をしながら、ガイドラインのアップデートや他のガイドラインの作成も予定しています。
計算資源整備に向けた取り組み
2027年度末までに、幅広いAI開発者が利用できる計算資源を国内に60EF※4整備する方針を掲げました。すでに令和5年度の補正予算を活用し、さくらインターネットやソフトバンクなどへの大規模な支援が決定しており、これまでの支援案件を含めて60EFの整備は概ね達成する見込みです。一方、生成AIの進展を踏まえるとさらなる支援が必要となるため、目標は逐次見直しを行う必要があると考えています。
- ※4:EF(エクサフロップス)…コンピュータの処理速度を表す単位。1EF=1秒間に100京回(10の18乗)の処理。
デジタルインフラ整備/サイバーセキュリティの確保
データの主導権争いアプローチ
ご存じの通り、米国ではGAFAMを中心にグローバルな巨大資本がデータを寡占する状況にあり、中国では国家安全を名目にデータの囲い込みを義務付けるなどしています。一方、欧州では米中のデータ占有に対抗するため、データ主権に基づいた域内の有利なルール設定によるデータ流通戦略を打ち出すなど、今まさに、各国によるデータガバナンスの主導権争いが顕著になりつつあります。
ウラノス・エコシステムによるデータ連携の推進
日本としてもデータ連携を通じて新しい価値を生み出す企業間連携の取り組み「ウラノス・エコシステム」によるデータ連携を官民で推進しています。
最初のユースケースとしては、蓄電池分野での連携基盤整備を数年にわたり進めてきました。当初は国主導でしたが、参加企業によるコンソーシアム「一般社団法人自動車・蓄電池トレーサビリティ推進センター(ABtC)」が設立され、徐々に民間主導に進展しています。蓄電池分野に限らず、化学物質管理など他分野への展開や、欧州の自動車産業向けデータエコシステム「カテナX」との連携および相互接続も進めています。
デジタルライフラインの全国整備
経済産業省では、より具体的な社会システムの実現を目指し、デジタルインフラの社会実装に向けた約10年の「デジタルライフライン全国総合整備計画」を2024年に策定しました。共通の規格や仕様でデジタルインフラを整備することで無駄を省き、得られたデータを相互に利用することで、データ量や処理スピードの向上も図ることができます。また、推進力を強化するため短期的な成果が期待できるアーリーハーベストプロジェクトとして以下の4分野に重点的に取り組んでいます(図4)。
- ①ドローン航路の整備
- ②自動運転サービス支援道の設定
- ③インフラ管理のDX
- ④奥能登版デジタルライフライン
図4 デジタルライフラインの全国整備
サイバー攻撃の実態とセキュリティの確保
2024年6月に起きたKADOKAWAグループへのサイバー攻撃をはじめ、ランサムウェアを含む大規模なサイバーアタックが頻発しています。KADOKAWAグループの事案では、実際に事業活動に大きな影響を与えたほか、個人情報などが社内外に漏洩したことが確認されました。また、名古屋港コンテナターミナルやJAXAへのサイバー攻撃など、実社会に悪影響を及ぼしています。
このような状況を受けて経済産業省では、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を中心に関係省庁と連携し、産業界のサイバーセキュリティ水準の向上を図っています。具体的な取り組みとしては、中小企業向けの支援として「サイバーセキュリティお助け隊サービス」の普及促進や導入補助金、人材育成、被害企業への対処支援などがあります。
最近の取り組みでは、セキュリティが確保されたIoT製品を認定する制度「JC-STAR(IoTセキュリティ適合性評価制度)」を2025年3月に運用開始予定です。まずは、「最低限の適合基準(星1)」を進め、より高度な基準(星3・星4)へと範囲を広げていきたいと考えています。政府としては、先行して進めている米欧等の諸外国とも制度調和を図り、連携して普及・促進していきます。
蓄電池の国内製造基盤の強化
2030年度までに150GW/hの蓄電池を国内で製造できる基盤を整備することを目指し、2022年度に「蓄電池産業戦略」を策定しました。初期段階では、車載用蓄電池の需要が圧倒的に多いですが、2050年度にかけて需要が拡大することが予想される定置用蓄電池の開発も進めていきます。蓄電池のセルだけでなく、それを作るための部材や製造装置メーカーへの投資を後押しすることで、日本国内で安定的に蓄電池を供給できる体制を整えていきたいと考えています。
デジタル人材の育成
デジタル田園都市国家構想:デジタル人材の育成目標
政府全体で2022年度から2026年度までの5年間で230万人のデジタル人材を育成するための取り組みを進めています(図5)。すでに2022年度には、33万人の育成に成功、2023年度も目標を超え51万人の育成を達成し、順調に進展しています。
経済産業省では、DXリテラシー標準とDX推進スキル標準の2つの項目で構成された「デジタルスキル標準」の公開や、リスキリングを進めるためのプラットフォームとして、IPAが実施する「マナビDX」や「マナビDXクエスト」などのデジタル人材育成・DX推進プラットフォーム、さらに、「情報処理技術者試験」や「DX認定」を行っています。「マナビDX」にはすでに約730講座が登録されており、一定レベル以上の認定講座は、厚生労働省の給付金や助成金の対象となるなど、関係省庁が連携し一体となって人材育成に取り組んでいます。
さらに、「デジタルガバナンス・コード」に基づき、DXで成果を上げた中堅・中小企業等の優良事例を発掘し選定する「DXセレクション」を実施しています。優良事例として公表された案件は、地域や業界の活性化を目指し、地域内や同業種内で共有されることが期待されます。
図5 デジタル田園都市国家構想:デジタル人材の育成目標
未踏事業
IPAが実施している「未踏事業」は、突出した人材を発掘し、トップ人材を育成することを目的としています。この事業では、延べ2,000人を超える人材を育成し、そのうち約400名が起業や事業化を果たすなど、顕著な成果を上げています。また、地方版未踏と銘打ち、都市部に限らず地方の優秀な若手を発掘し、産学官が連携して伴走型で支援・育成する取り組みも進んでいます。
デジタル関連予算
経済産業省 商務情報政策局が現在行っているデジタル関連施策の予算としては、令和6年度補正予算額(1兆6,505億円)と令和7年度当初予算案額(3,511億円)を合わせて約2兆円となっています。そのうち、9割以上が半導体関連に充てられ、残りの1割は蓄電池をはじめ、デジタルインフラ・事業環境の整備、人材育成などに使われます。
直近では、AI・半導体関連支援策に基づき、AI半導体産業基盤強化フレームを国として構築し、法案通過に向けた準備を進めているところです。
本内容は、2025年2月12日に開催されたJIPDECセミナー「令和7年度 経済産業省デジタル関連施策について」の講演内容を取りまとめたものです。
- 講師
- 経済産業省 商務情報政策局総務課 政策企画委員 寺川 聡氏