5Gへの正しい期待の仕方

-今さら聞けない5Gのホントのトコロ-

株式会社企
代表取締役 クロサカ タツヤ氏

 今日は、テレビCM等でも日常的に聞かれる「5G」について、技術的な話も交えながら社会にどのように普及していくのか、さらにどのような社会変革をもたらすのか、その時考えなければいけないポイントは何なのか、を考えたいと思います。私自身は、もともとは通信関係をメインにコンサルティングを行っていましたが、12年前に独立した頃から、データ流通に関する検討会等にも参加するようになりました。そして、5Gの登場により、これまで別々に語られていた2つがやっと重なり始めたという思いがあります。

はじめに-CES2020で見つけた5Gのヒント-

 CESの基調講演は、企業トップがこれから先のビジョンを語る場として有名ですが、2020年のデルタ航空CEOの講演、今思い返しても過去10年で最高の基調講演だったと思います。講演で「航空会社は旅行=航空機周辺の体験と考えるが、最終顧客にとっての旅行は、計画を立てる段階から家に帰って片づけをしながら「次にどこに行こうか」と考えるところまでである。今後は、飛行機に関わる部分だけでなくこの一連のプロセスに寄り添い、デジタル技術を用いて如何にこれまで以上の「最高の体験」を顧客に提供するかが重要となる。」と語っているのを聞き、「航空会社がすでにここまで深く考えているのか」と非常に大きな衝撃を受けました。

 しかし、このような構想はデルタ航空だけでなく、CESに参加していた米国のサービス業でも聞かれました。彼らは、1年半前にすでに、サービスのコモディティ化が進む中でいかに競争優位に立つか、そのためにインフラ=通信部分への参入までを視野に入れて、ビジネスの付加価値向上、さらには自社の存在意義の再定義まで行おうと動き始めていたのです。

 なので、ここではそういった動きをキャッチアップし、自らのサービスを考え提供していく上でのインフラでありパラダイムである5Gについて、お話したいと思います。

5G神話を紐解く

 特に3G以降、3GPPにより移動通信の規格は10年周期で新たに策定されています。2020年3月に新たにサービス開始となった5Gは、高速通信、低遅延、基地局収容端末数の多さ等が特徴として挙げられています。しかし現時点では、5Gが夢の技術のように喧伝された2016年頃に想定された利用シーンイメージは1つとして実用化されていません。携帯電話の契約数は、iphone12が発売された2020年9月以降増加しているので、ぼちぼち4Gとの入替期が来ているのかもしれませんが、まだまだ普及しているとは言えない状況です。

 では普及しない原因は何かというと、電波がつながらないという点です。端末はある程度普及し始めてはいますが、5Gの電波に関してはポケモンGOのレアポケモンのように見つけても人が増えるとすぐに切れてしまう。「すごい」と言われていたのに「あれ?全然使えない」となり、今後「幻滅期」が訪れることが予想されます。しかし、これは3G、4Gの時にも通った道なので、これを乗り越えて4Gのように普及拡大していくだろうと楽観視はしています。

 5Gが速いと言われる一番の理由は、各社に割り当てられる枠が広いという点です。単純に言えば道幅、車線が広いということ。一方、つながらない理由は、そもそもの使用する周波数帯にあります。携帯で使用しているプラチナバンドと呼ばれる周波数帯に比較して、5Gに割り当てられている高い周波数帯は電波が飛びません。物理学的には電波と光は同じものですが、特に波長が短い(周波数が高い)ほど、電波は光に特性が近づきます(そしてある周波数を超えると電波は光になります)。従って、降雨や樹木、ビルの谷間等の影響で光が届きにくくなるのと同様に届きにくくなります。これは、5Gがその周波数帯を使うと決まった時点で自明のことでした。そして、この課題をどのように解決するか、が次につながります。

 例えば、窓ガラスは一見すると光を通すように見えますが、特に断熱・遮熱性を高めたガラス(Low-E複層ガラス)は5G電波を大幅に減衰させてしまいます。このため、NTTドコモがAGCと共同で、電波を通す新たなガラスが開発されました。また、スウェーデンのエリクソンをはじめ、世界中の通信機器ベンダー各社は、いずれも小型軽量で火災報知機のようにどこにでも設置できる基地局を開発し、部屋に1つずつ基地局を設置してインフラを構築しようとしています。

 鉄塔を立てて飛ばしていた4Gまでと、屋内外に基地局を無数に作ってインフラ構築する必要がある5G以降では明らかに対応が異なるので、ここを新たなパラダイムとして捉えどのようにインフラ構築を行っていくかが大きな転換点となります。

インフラ展開シナリオ

 無線通信インフラを構築する際は、その土地ごとにどのように人が暮らし、どのような生活空間が構成され、どのようなにトラフィックが発生しているかを分析するところから始まります。5Gの場合も、分析することで、例えば、同じ基地局内でトラフィックが完結していれば、基地局そばでエッジコンピューティングにより処理する、また住宅街では通信キャリアごとに競って基地局を立てるのではなくインフラをシェアしたり、あるいはその地域の企業や自治体が基地局を作ってキャリアに貸し出す、等最適な対応を取ることができます。実際に、すでに東京都は、西新宿で自ら基地局を設置し、通信キャリアから使用料を徴収する実証実験を開始しています。また、5Gに関しては、通信キャリア以外でもローカル5Gのように自社工場内に基地局を自分たちで設置して利用することが可能です。つまり、5Gインフラの課題解決を考えることが、通信キャリア以外の新たなビジネスチャンスを生み出してもいるのです。

 現在の5Gはまだ過渡期的な仕様で、5G規格は今後も変更が加えられていきます。今年から来年くらいには本格的な5Gの規格へとバージョンアップする予定なので、ここが大きな転換点となり、今後普及がさらに進むというのが業界の見方となっています。

徐々にやってくる5Gの世界-5Gのロードマップ

事業開発と事業機会

 「イノベーション」という言葉が、あたかも新たな何かを生み出すことのように様々な場所で使われていますが、本来イノベーションとは「ある物事を普及させる」ことです。前段でお伝えしたのは、5Gというインフラのイノベーション、つまり如何にインフラを普及させるかという点で、これが進むことにより、新たなサービスのインベンション(発明)が生みだされます。

 私は、その代表格でありデジタルトランスフォーメーションを体現しているのが、2016年に発表されたAmazonGoだと思います(実際にはAmazonGoは5Gを利用していないのですが)。私も実際に視察しましたが、AmazonGo店内には、一つの冷蔵庫だけで5-10台くらいの高精細8Kカメラとマイクが搭載され、それが冷蔵庫の数だけかけ算されます。さらに天井には数百台のモーションセンサーが取り付けられています。そして重要なのは、日本で報道されたような「無人スーパー」ではなく、実際には日本のコンビニ以上の人数の店員が在庫補充や本人確認等を行っていました。つまり、効率化のためのテクノロジーではないのです。

 AmazonGoは、機械により24時間365日エラーがないエスノグラフィーを行うことで、顧客に対してはレジでの行列がない買い物を可能とし、店舗側は何を買ったか買わなかったかを把握しサプライチェーンにデータを直結させて商品構成を最適化することで、同規模のスーパーと比較すると1.5倍売上を伸ばしています。AmazonGoで示されているのは、単純な効率化の話ではなく、ビジネスが本来目指すべき、顧客の利便性を高めて売上の拡大を目指すことであり、それを実現するための設備投資のあり方で、それを実現可能にするのが5Gだと思います。

 もう1つ、5Gが実現した例としては、今回のコロナ禍で中国が武漢に1週間で建設した火神山医院・雷神山医院が挙げられます。ここでは、ファーウェイがソリューションを提供し、病室やベッド等あらゆるところにセンサーを付けて24時間365日入院患者の様子をモニタリングし、北京の病院と繋いで遠隔診療を行うなど少ない医療リソースでデータをもとに効率よく多くの命を救うための取組みがなされていました。その後、武漢では新型コロナウイルス感染症が制圧されたとして、この病院も役目を全うし撤去されています。つまり、中国では5G活用を始めたのではなく、すでに「終えた」のです。

 紹介した2例からもわかるように、5Gは最初からスマホ以外の分野での利用が見えていました。今後、本格的な5Gが普及することで、5Gソリューションの本丸であるスマートハウスやスマートファクトリー、スマートシティ等、スマホの外側で私たちは身近に5Gに接することになります。そして、その時に出てくるのが、「私たちは、本当にそういう世界に住みたかったのか?」という問いであり、そこにどれだけ真摯に対応していくか、が今後の5Gソリューション、ビジネスの要諦になると思います。個人の利益はもちろん、公益にも資するといえば聞こえはいいですが、私たちはそれを本当に求めているのか、ということです。

 そこでは、「体験設計」「行動科学」そして「信頼構築」に関する知見を持った上で、DevOpsで改善を繰り返しつつ成長していくことが重要となります。4Gまでは、スマホの窓の中の体験をデザインすることでしたが、これからはスマホの外側の世界でいかに心地よく快適に過ごせるかをデザインしなければなりません。行動科学という点では、予測の結果によって何が行われているのか、明らかな誘導になっていないか、エラーが起きた際にどのように救済されるのか等、プライバシーだけでなく消費者保護の観点からも検証することが重要になるでしょう。また、この実空間をも含むサービス提供者として値すると認識してもらうための信頼構築も非常に重要かつチャレンジングな取組みになるので、今後みなさんと一緒に考えていきたいと思います。

DX時代の事業開発の要諦-「本物のサービス業」になるために

DX時代の人間と地域社会

 今後、サイバーとフィジカルの境界線がなくなっていく中で、有形資産と無形資産を如何に組合せていくかがビジネス創出の肝となります。しかし、その際にビジネス視点だけで進めてしまうとユーザー/消費者は足元をすくわれる事態になりかねません。

 また、5Gが社会全体に普及していくのに対し、どのような体験を「心地よい」とするかは個人差があるので、個々人が必要に応じて関与できる余地、結果に関して救済される余地をどのように確保するかは重要なテーマです。例えばスマートシティは、Googleでさえも失敗するほど複雑な課題を抱えています。今後、ヒトも含めたデジタルツインが加速していく中では、データの取り扱い・流通に対する懸念も大きくなることが予想されます。

人間中心のデジタル社会の実現:ヒトを含めたデジタルツイン

 しかし、2025年には人口の3割が高齢者、さらにそのうちの2割が認知症を患う社会を迎える中で、すべての人が豊かに生きていくためには、何としても課題を乗り越えていく必要があります。その際にポイントとなるのが街づくりです。特に地方は、経営視点で「実空間の価値を最大化する(地域経済を循環させる)」ための戦略を考える重要な時期です。

 地域の中で存在意義が認められている(信頼が構築されている)プレイヤーが、AmazonGoのようなアプローチを取れば、地域でも受け入れられやすく、そこから地域経済を循環させ5Gエコシステムを確立させることも可能です。コモディティを目指すのではなく、敢えてローカル性を強めることで存在理由が明確になり、DXも進めやすく、またエンドユーザーにとても関与しやすいデータエコシステムができるのではないかと思っています。

 最後にまとめると、5G時代は確実に到来しますが、その時の主役は人間とその社会的な活動です。新型コロナウイルス感染症は、5Gの普及もDXも強力に加速させており、実空間に入り込んだものやトラストなど見えないものを見えるようにすることの重要性が増してきます。大事なことは、これからの私たちの生活・暮らしをいかに豊かにしていくかという点で、それに対して5Gはどのように貢献できるのかということをぜひ考えていただきたいと思います。

以上

本内容は、2021年5月13日に開催されたJIPDECセミナー番外編「机のない勉強会Online 今さら聞けない5Gのホントのトコロ」講演内容を取りまとめたものです。


株式会社企 代表取締役  クロサカ タツヤ氏

1997年慶應義塾大学総合政策学部卒業、1999年同大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。三菱総合研究所を経て、2008年 株式会社企を設立。通信・放送セクターの経営戦略や事業開発などのコンサルティングを行うほか、総務省、経済産業省、OECD(経済協力開発機構)などの政府委員を務め、政策立案を支援。JIPDEC客員研究員。2016年からは慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授を兼務。
著書『5Gでビジネスはどう変わるのか』(日経BP刊)、他。