2017.06.20
レポート
「第1回これまでの半世紀、これからの半世紀-情報化50年からJIPDECを振り返る」
50周年記念連載「NEXT50、次への一歩」を考える
コンピュータ産業から情報産業へ(1965~1974年)
経済企画庁が経済白書において「もはや戦後ではない」と宣言した翌年の1957年、電子工業振興臨時措置法(電振法)が公布され、日本の国産コンピュータ育成の取り組みは本格化しました。
その後、1960年に世界初のオンライン列車座席予約システムが稼動、1965年には旧三井銀行がオンラインバンキングシステムを稼働させるなど、ハードだけでなくソフト面でも産業の萌芽期を迎え、経営判断に情報システムを活用するMIS(経営情報システム)という言葉がブームとなりました。
IBMがIC(集積回路)を用いたコンピュータIBMシステム360を1964年に発表し、コンピュータは新たな世代を迎えます。コンピュータは第1世代(真空管)、第2世代(トランジスタ/パラメトロン)を経て第3世代に入り、これまでの科学技術計算中心のコンピュータ利用から企業の生産・事務分野や会計処理等幅広い分野への利用が期待されるようになりました。
電振法から10年後の1967年には、通商産業省(現 経済産業省)の産業構造審議会に情報産業部会(現在の情報経済分科会)が設置され、基本政策や相互運用性に関する課題等、情報化政策にかかる検討が始まりました。
このような状況の中、1967年にJIPDEC(財団法人日本情報処理開発センター)は日本の情報産業振興のため産官学が結束する場として設立されました。設立直後に、日本電子工業振興協会(現JEITA)電子計算機センターから移管された大型電子計算機の運用を開始し、EXPO’70日本万国博覧会の第2情報管理システムや中央省庁の共通事務処理システム等の開発・運用を行うとともに、タイムシェアリングシステム等情報処理方式の研究開発、情報処理産業・情報利用の高度化に係る調査を実施し、国の情報化施策の一翼を担ってきました。
また、国民全体への情報化への理解促進に向け、「情報化週間」(1972年度より。1982年度からは情報化月間に拡大)を関係省庁・団体と連携して開始したのもこの時期です。
一方、情報技術や利用の高度化が進むにつれ、日本の情報産業育成のためには情報処理の技術を持つ人材の量的質的双方での確保が急務となりました。このため、JIPDECに研修機関を設立し情報処理技術者育成事業を開始するとともに、国の「情報処理技術者試験」立ち上げに寄与するなど、人材育成機関としての役割も担うこととなりました。
情報処理の高度化・多様化(1975~1984)
1970年以降、コンピュータは急速に産業の中に組み込まれていきました。その理由の一つが2度にわたるオイル・ショック(石油危機)です。1973年10月の第1次石油危機をきっかけに省資源・省エネルギーのための情報処理システムの開発・導入が進み、その後、1980年代に入ると生産・流通・消費の多様化への対応や異業種・異企業間情報ネットワーク化が進みました。
製造部門では、設計支援システム(CAD)の導入や工場のオートメーション(FA)化、事務部門でも合理化のためのオフィスオートメーション(OA)化が進み、情報処理の形態も本社コンピュータセンターで行う集中処理方式から、工場や支店、事業所での処理は各拠点で行う分散方式へと変化してきました。また、コンピュータもスーパーコンピュータからミニコン、パソコン、マイコン等用途に合わせ多様な製品が登場し始めました。これにより、1973年3月末時点で17,255台だったコンピュータ実働台数は、1979年時点で61,687台、1985年3月末には184,678台と急増しています。
一方で、コンピュータが様々な分野で利用されることによる「光と影」も指摘されるようになりました。特にこの時期は、コンピュータ導入による雇用への影響や、互換性・相互運用性確保、そしてプライバシー保護や情報システムセキュリティ等の課題が表面化した時期でもあります。
1976年、JIPDECは情報化に関する調査研究を行っていた財団法人日本情報開発協会(CUDI)、JIPDECの研修事業を別組織化した財団法人情報処理研修センター(IIT)と統合し、「財団法人日本情報処理開発協会(JIPDEC)」としてより強固な体制で情報化振興にあたることとなりました。新生JIPDECでは、3団体が実施してきた活動をさらに発展させ、システム監査の普及やプライバシー保護対策に関する検討に力を入れてきました。
また、当時、通商産業省は、これまでと異なる理論や技術に基づく第5世代のコンピュータを世界に先駆けて開発するという構想を打ち立て、JIPDECはこの構想実現に向けた検討を開始しました。この開発計画をもとに、1982年から10年計画で始まったのが「第五世代コンピュータ開発プロジェクト」です。
ネットワーク化の進展(1985~1994)
1985年、電気通信に競争原理を導入した「電気通信事業法」が制定されて、それまで電電公社が独占していた電気通信事業への新規参入が可能となり、通信回線を利用したデータ交換サービスを企業に提供するVAN(付加価値通信網)事業者が登場しました。銀行がファームバンキングを提供したり、クレジット会社と加盟店がネットワーク経由で決済処理を行うようになったのもこの時期です。
このように、ネットワーク化が企業間、さらには業界間へと拡大するにつれ、相手先ごとにデータ形式や運用方法を定めていた従来の方法では多端末現象を生み出し、非効率となってきました。このため、政府は1985年に制定した「情報処理の促進に関する法律」において、事業者が広く連携し、その事業分野のネットワーク化を進めるための指針を主務大臣が定めることとしました。
JIPDECは、業界の連携指針策定の支援を行うとともに、電子データ交換(EDI)のための標準構文規則「CIIシンタックスルール」を1991年に公表し、製造分野を中心に広く利用され、JIS化が行われました。さらに、1992年にはEDI推進協議会(JEDIC)を設立し、様々な業界団体とともにEDIの標準化や利活用の検討を開始しました。
一方、様々な情報が取り扱われるようになる中、プライバシー保護、個人情報保護への配慮も一層求められるようになりました。1980年にはOECD(経済協力開発機構)理事会が「プライバシー保護と個人データの国際流通についてのガイドライン」(OECDプライバシーガイドライン)を勧告しており、JIPDECではこれに含まれる個人情報の取り扱いに関する8原則に対応して個人情報取り扱いに関わる諸原則を示したに「民間部門における個人情報保護ガイドライン」を1988年に公表しました。これは、その後1989年に通商産業省ガイドラインとして公表され、企業が自主的に個人情報保護に取り組むための指針として多く参照されると共に、その実効性を担保する仕組みとして、後述するように当協会は『プライバシーマーク制度』を立ち上げました。
インターネットとセキュリティ(1995~2004)
インターネットの登場により、経済活動から個人の生活まで大きな変化が訪れようとしていたこの時期、米国では、クリントン政権が1993年にNII構想(全米情報通信基盤)、翌1994年にはGII構想(世界情報通信基盤)を打ち出しました。日本では、1994年に設置された「高度情報通信社会推進本部」が「高度情報通信社会に向けた基本方針」を策定し、従来制度の見直しやネットーワークインフラの整備、セキュリティ対策やプライバシー対策への対応を重要課題としました。
インターネットの商用利用環境が整い始めたことで、商取引自体をインターネット上で行う電子商取引の動きも出てきました。特に、企業—消費者間(BtoC)の商取引は、従来の流通経路を通さず直接消費者と取引できるため、様々なサービスに対して異業種からの参入が活発化しました。
JIPDECが事務局を務めた企業-消費者間電子商取引の課題検討を行う電子商取引実証推進協議会(ECOM)では、電子商取引推進に向けた技術的・制度的課題に関して、産官学に加え消費者の立場からの意見も取り入れたルール作りや世界各国の関係者と意見交換が行われました。
また企業間においても、製品のライフサイクルにおける情報を電子化・共有化し、生産から調達・運用までを支援するCALS推進のため、企業間電子商取引推進機構(JECALS)が共通技術基盤の整備や国際標準化に向けた活動を展開しました。
一方で、国境も越えた取引が加速するにつれ、プライバシーへの配慮や個人情報保護、情報セキュリティの確保は、情報化の進展の中での最優先課題となってきました。1995年には欧州連合が「EUデータ保護指令」を採択し、EU域外の各国に大きなインパクトを与えました。
このようななか、JIPDECでは1998年より「民間部門における個人情報保護ガイドライン」に基づき個人情報保護に取り組む姿勢を対外的にわかりやすく示すことができる「プライバシーマーク制度」をスタートさせました。
情報セキュリティについては、経済産業省による情報システム安全対策実施事業所認定制度 (安対制度) の改革 に伴い、国際標準(ISO/IEC)に基づいた情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)適合性評価制度を立ち上げ、2002年に民間の認証機関に対する認定業務を開始しました。また、電子商取引等の安全性確保に資する電子署名の普及のため、2003年に電子署名法に基づく指定調査機関としての指定を受け、電子署名・認証センター(ESAC)による特定認証業務の調査を開始しました。
インターネット前提社会と第4次産業革命(2005~2017)
1990年代後半から爆発的に普及した携帯電話は、2010年以降急速にスマートフォンへと移行し、電話としての機能以上に、情報発信・情報共有ツール、さらには位置情報や行動履歴を記録するセンサーとしての機能も併せ持つようになりました。これにより、行動履歴やこれまで把握できなかった様々な状況がデータとして収集され、それに基づいた新たな価値・ビジネスが提供されるようになりました。
そして現在、身の回りの様々な機器がインターネットにつながり、そこから収集されるデータをもとに人工知能が様々な判断・制御を行うIoT/AI時代へと突入し、これまで以上に大きな変化が起きつつあります。
一方で、世界的に先進国を中心に少子化が進んでいます。2050年までにわが国の人口は1億人を切ることが予想されていますが、少子高齢化が進めば、相対で対応することは困難となり、情報技術を利用した社会基盤はますます重要になっていきます。そして、そこでは流通・収集される情報の信頼性や安全性の向上、さらにはプライバシーへの配慮が強く求められることになります。
JIPDECは、現在行っているIoT推進の支援やインターネット上の情報の信頼性確保の取り組み、個人情報保護のための制度運営を通じて得られた知見や事業者・消費者の声を、今後のIoT/AI時代に必要な制度設計に関する提言や社会基盤の整備に活かしていきます。
Next50、次への一歩
JIPDECは、今年12月に設立50周年を迎えます。この機会に、これまで50年間歩んできた情報化の歴史を振り返るとともに、この先の50年で私たちが目指したい社会はどのようなものなのか、また、その実現に向けていかなる一歩を踏み出していく必要があるのか、これから皆様と一緒に考えていきたいと思います。