レポート

高齢化社会への対応-健康・医療分野における個人データの活用-
経済産業省 商務情報政策局 ヘルスケア産業課長 江崎 禎英 氏

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患者本位の医療の必要性

 経済が豊かになり、誰もが健康で長生きすることを望めば、社会は必然的に高齢化する。「高齢化社会」は人類の理想であるにも拘わらず、あたかも高齢化社会が問題であるかの如く捉えることは、政策の方向性を誤る原因となる。
 現在、我が国の社会保障給付費は拡大の一途を辿っており、中でも医療費については既に40兆円の大台を突破している。しかしながら、こうした巨額の資金の流れが、日本経済や患者にとって価値あるものであるならば必ずしも悲観的に捉える必要はない。逆に、その評価がネガティブなものであるならば、改革は不可避である。40兆円の資金フローの裏側で何が起きているかについて産業政策的観点から分析すると、社会保障制度の改革の方向性が浮かんでくる。
 問題なのは医療費全体の多寡ではなく、患者が人生の終焉をその人らしく過ごせないことにある。近年死因の上位を占めるがん等の疾患においては、薬剤の有効率が低いにも関わらず抗がん剤の投与が「標準治療」として広く用いられている。特に、合併症のある高齢者への抗がん剤の治療効果は適切な検証がなされないまま使用され続けており、治療ニーズを満たせない上、医療財政を圧迫する原因となっている。
 患者本位の医療を推進するとともに、医療経済的価値を高めるため治療効果が高い薬剤の研究開発を進め、既存の治療方法に対する評価・分析を行うことが必要である。

生涯現役社会の構築を目指して

 40兆円を超える国民医療費の3分の1を占めるのは生活習慣病関連である。糖尿病のおそれありと診断された人の大半が何ら対策を講じないまま人工透析に移行し、年間500万~600万円にも上る治療費を生涯使い続ける。その費用の多くが社会保障費によって賄われている。慢性期医療(生活習慣病関連)にかかる医療費を、健康投資や地域包括ケアとの連携といった公的保険外のサービスを活用した予防・健康管理にシフトさせること(セルフメディケーションの推進)により、「国民の健康増進」、「医療費の適正化」、「新産業の創出」を同時に実現させることが必要である。
 問題は高齢化が進むことではなく、高齢者が自立/自律してQOL(Quality of Life)の高い生活が送れないことにある。わが国の社会経済システムは、戦後復興・経済成長期に整備されており、平均寿命の延伸に伴う変化に対応できていない。退職後も高齢者が短時間労働やボランティアなど経済活動へゆるやかに参加し、身体機能の維持(リハビリ等)に努め、なるべく長期間自立したQOLの高い生活を送れる「生涯現役社会」の構築を行うことが重要である。これを実現するために、あるべき医療・介護等の制度を検討するとともに、がんやアルツハイマーといった老化由来の疾患や、糖尿病等生活習慣病の早期発見、早期対応を可能とする医療技術や産業の育成が必要である。

医療と個人情報保護法

 改正個人情報保護法が本年9月3日に成立したことに伴い、病歴の医療情報が「要配慮個人情報」となり、本人同意を得ない形での取得が禁止されることとなった。匿名化された情報はこれまで法律の対象ではなかったが、改正法では個人識別符号の照合によって再び本人を特定することは禁止され、本人を特定した形でのサービスを提供することは困難となった。
 しかしながら、医療サービスにおいて本当に必要とされるのは匿名化された情報ではない。どのような遺伝子を持った人がどのような生活を送り、どういう病気にかかり、どのような治療をしたかというデータが時間を越えて接続されることで医療にとって有益な情報がもたらされる。匿名データをいくら分析しても一般的な傾向しか分からず、個人の行動変容につながらない。そのためには本人を特定できる個人情報の利用が不可欠である。改正個人情報保護法においては、医療情報に関する規制が強化されたことから、適切な利用目的を設定し、それに対する本人同意をきちんと取得することが必要となる。

レセプト・健康データ活用による生活習慣病予防サービス創出プロジェクトの推進

 経済産業省では、本人同意に基づくレセプト・健康データ等の活用によって、生活習慣病等の予防に繋げるサービス創出プロジェクトを計画している。
 平成27年度は11月に研究会を設置し、企業・健保・サービス提供者等のニーズに基づいた健康データの種類、データのフォーマットや同意の取得の方法等について検討を行う。テルモ(株)など「健康経営」に取り組む企業を中心に、従業員等のデータを蓄積・活用する主体として、数万人規模のデータ分析ができる「ヘルスケアデータコンソーシアム(仮称)」の設置を目指している。
 平成28年度は、企業・健保等と協力して、本人同意の上でレセプト・健診・健康データの利活用実証を実施する。ここでは、個人情報の提供については、サービス提供や研究等の利用目的を固めた上で、本人同意を取得し、新たな需要が発生した場合は、あらかじめ定めた方式に従って追加的に同意を取得する仕組みとする。
 匿名ビックデータの分析による一般的な傾向値ではなく、本人の体質、診断結果、活動等に根ざしたきめ細やか分析こそが、個人の行動変容を促し、患者本人にも社会全体にも大きなメリットをもたらすものと期待される。