レポート

「気がきく」と「気持ち悪い」の境界に挑むビッグデータ活用
株式会社野村総合研究所 ICT・メディア産業コンサルティング部
主任コンサルタント 鈴木 良介 氏

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ビッグデータの活用は急速に進み、物理空間にも拡大しつつある

 「ビッグデータ」という言葉も広まり、現在は事業計画に盛り込んだものの具体的に何をすべきか思案している企業は多い。ビッグデータの特性は、1.データの解像度が高い、2.リアルタイム性の高いデータが使用可能、3.多様・非構造であること、であり、事業に役立つ知見を導出するために、解像度やリアルタイム性が高いデータを活用しようといった動きを「ビッグデータビジネス」ということができる。
 BtoC系事業者から、ビッグデータを顧客サービスに具体的に生かす指針となる考え方はないか、という質問をよく受ける。顧客満足度を上げるには「目配り、気配り、金配り」が効果的である。ECサイトのWebサーバのログデータべースはユーザの閲覧行動の集積であり目配りデータということができ、関連商品閲覧履歴から別の商品を推奨するリコメンデーションアルゴリズムは気配り、閲覧商品のクーポンは金配りということができる。こうした仕組みは物理空間にも拡大しており、マイクロソフト社のモーションセンサKinectを陳列棚に設置し、どの商品に何回手が伸びているか可視化する取組みが行われている。物理空間にも目配り、気配り、金配りが可能な仕組みが成熟しつつあるということだ。

「データ=金」ではない

 データの価値に関する誤解にも留意をするべきだ。データそのものに価値はなく、データは、「そのデータを役立てるためにどのように解釈するか」というプロセスを経て初めて「情報」となり、その情報を用いて「ユーザの振る舞いをどのように変えるか」というアイディアや実装方法、仕組み作りによって初めて顧客に「価値」を提供できる。価値がなければ「売上」にはなりえない。
 例を挙げると、香港のある会社は、柄の中に加速度センサーを搭載し、早食いを検知すると柄が光ったり震えたりして警告を発し肥満を防止する「やせるフォーク」を販売している。センサーによってフォークの上げ下げに関する加速度「データ」を取り、早食い、すなわち肥満につながるという「情報」に置き換え、警告を発して肥満を予防するというユーザへの価値に置き換えた点が秀逸だ。
 AT&T社が提供しているピルケース「GlowCaps」はセンサーと通信ユニットを搭載しており、認知症患者向けに薬剤の服用忘れ防止に使われているが、同時に新薬開発の臨床データ取得のため、服用間隔を自動的かつ詳細に取ることにも使われている。これを洗剤のキャップに応用すれば洗濯を夜間にまとめて行う世帯が多いという情報が取得できたので、陰干ししても匂わない洗剤を積極的に開発しよう、といったアイディアにつながる。

「データを取りやすい事業者」と「それを活用しやすい事業者」は別

 おしぼりレンタル事業者が保有するデータは、彼らにとっては単なる営業記録にすぎないかもしれないが、グルメサイトから見れば飲食店の精度の高い来店者数データとなり、ステルスマーケティング防止に役立てることもできるかもしれない。また、Walmartがネット上のカレンダー管理サービスを提供するsocial calendarという会社を買収した目的は、そこに蓄積される誕生日や記念日データを入手すれば、知人に送るギフトを推奨して、自社のショッピングサイトに誘導できるからではないかと言われている。
 民間自動車会社の急減速(急ブレーキ)情報を行政機関が交通事故防止に役立てている事例もある。急減速情報が多数寄せられている道路を検分したところ樹木が信号を覆っていたために伐採した、といった措置は、多数の急減速情報が寄せられた道路を優先的にチェックしたことによって迅速に取ることができる。このように、データの二次的利用が高い付加価値を生むことは民間事業者、行政機関双方にある。
 異なる企業・組織間のデータ利用を例に挙げたが、同一社内でもこうした活用法が可能ではないか。例えば親会社である鉄道会社の運行情報を基に、遅延が生じている場合は各駅に子会社であるタクシー会社から集中的に配車したのでタクシー乗車率が上がる、といった効用も考えられる。

「気がきく」と「気持ち悪い」の境界は不明瞭

 活用を進めようとする中で、プライバシの侵害にならないかを危惧する声もある。
 例え話だが、一人暮らしのOL(25 歳)が深夜に帰宅、諸々の雑事を済ませると午前2 時、そろそろ寝ようとトイレに行ったら電球が切れていた。明日帰宅途中に買おうと型番をメモしてリビングに戻ると携帯電話が点滅している。こんな時間に誰からのメールだろうと画面を見ると近くのスーパーから「そろそろ電球の買い替え時期ではないですか」と先ほどメモした型番の電球が推奨され、さらに「よろしかったらトイレットペーパーも一緒にいかがですか」と勧めてきている。「まさか」と暗いトイレの収納棚をチェックしたら、予備が1ロールだけだった、という場合は「あら、気がきくわね、どちらも買うわ。」とはならず、「気持ち悪い!!」となる。このメールを受信したのが男性会社員であれば「気がきくな、クリッククリック!!」で済んだかもしれないこの例からも、「気がきく」と「気持ち悪い」の境界が不明瞭であり、法律やガイドラインで適切な運用方法を示せるものではないことがわかるだろう。
 確定申告の本やバリ島のガイドブックを買っており、配送先が高級住宅地だから富裕層だろう、と高級ワインをECサイトが勧めてきたら懐具合を探られているようで気分を悪くする人もいるだろう。Amazon.com は「これを買った人はこちらも買っています」というファクトの提示に閉じたリコメンデーションを行っているが、これも顧客に気持ち悪いと思われない工夫の一つといえる。金持ちであることを知りたいのであれば、凝った推計ではなく、キャビアを売ってみれば解決するかもしれない。
 例えばスマホ上に買い物リストを記録し、定期的に買っている商品のクーポンを配信して安くする。その代わりにそのリストは見せて下さい、といったユーザにもメリットのあるデータの取り方の工夫も嫌悪感を和らげる一つの方策だろう。ユーザが事業者に自身のデータをどこまで見せるか、というのはパーソナルスペースに近い問題で、長年あらゆる物を買ってきたショッピングサイトからくるリコメンデーションは許容できても、他の事業者からは嫌、という場合もある。
 気持ち悪さの壁があるとはいえ、データの流通、異業種間のデータ活用は今後も進むだろう。2016年を目途に予定されている電力小売り自由化に関しても、家庭の電力消費状況から宅配事業の空振り問題も解決し、家電の買い替え推奨や電動機付き自転車を購入した人にその1年分の充電費用をキャッシュバックする、という新サービスも考えられる。今後も、コスト削減、新サービス創出にデータの有効活用が果たす役割はますます増えるだろう。

  • 2014年5月9日 第39回電子情報利活用セミナー「ビッグデータの持つ可能性」