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2026.05.22

レポート

データの経済学

~パーソナルデータと市場の失敗~

本レポートは、「パーソナルデータを読み解く‐経済・技術・制度の視点から‐」(4編構成)の第4編です。関連レポートはこちらからご覧ください。

【要約】
本稿は、「データ一般」との比較という演繹的アプローチにより、パーソナルデータの経済学的特異性を体系的に論じるレポートである。姉妹稿「パーソナルデータの価値とは何か」を前提に、外部性・独占・情報の非対称性というデータ一般に共通する市場の失敗の構造を整理したうえで、パーソナルデータにのみ、あるいはより際立って現れる特異点と、それが経済学の根本前提に投げかける問いを論じる。

パーソナルデータ固有の特異点は五つある。①生成の非意図性(個人の日常行動の副産物として、供給者の意識的選択の外で生成される)、②主体性の分離(生成者と経済的受益者が構造的に分離し、価値が個人に還元されない)、③プライバシー固有の外部性(発生時点・因果関係・被害性格の三点で可視化が困難)、④閾値性の特異な高さ(属性の多様性を捉えるために次元が増加し、分析成立に必要なサンプル規模が工業データと比較にならないほど大きくなる)、⑤認知バイアスによる需要側の意思決定の歪み(プライバシー・パラドックス)である。

さらに、パーソナライズの深化によって「選好の内生化」という、経済学の根本前提への問い直しが生じる。AIが個人の選好を観察するだけでなく形成・強化しうる環境では、選好の外生性・安定性を前提とするパレート基準による厚生評価が成立しにくくなり、「超情報優位」による情報の非対称性の深化とロックインの非可逆性が加わる。

これらは三層の市場の失敗として整理される。競争政策・プライバシー保護法制・外部性の内部化という従来の制度的介入に加え、「個人が自律的な選好を形成・維持できる環境の保護」という原理的な課題が、有効な制度設計の問いとして浮上する。

一般財団法人日本情報経済社会推進協会
電子情報利活用研究部 次長 松下 尚史

1. 問いの設定

パーソナルデータは「データの一類型」である。ただ、既存の議論の多くはパーソナルデータの特性を正面から論じてきた一方で、「データ一般と比べて何が異なるか」という比較の視点は必ずしも体系的に整理されてこなかった。本稿はその空白を埋めることを試みる。

まずデータ一般の経済学的性質を整理し、その上でパーソナルデータにのみ現れる、あるいはデータ一般より際立って現れる特性を「特異点」として浮かび上がらせるという順序をとる。「一般から特殊へ」という演繹的アプローチである。

この比較から、本稿の問いは三層構造をなして浮かび上がる。第一の問いは「データとはいかなる経済財か」、第二の問いは「パーソナルデータはデータ一般とどこが異なるか」、そして第三の問いは「その差異は経済学にいかなる問いを投げかけるか」である。三つの問いを順に辿ることで、何が見えてくるか。それが本稿の試みである。

なお、本稿は、姉妹稿「パーソナルデータの価値とは何か~経済学から見た性質・測定・分配~」1と問題意識を共有しつつ、「データ一般」との比較という独自の切り口から経済学的特異性を論じるものである。姉妹稿が主にパーソナルデータの特性と価値の所在を整理したのに対し、本稿は「データ一般」という比較基準を設けたうえでパーソナルデータの経済学的特異性を論じることを目的とする。

2. データ一般の経済的性質

2-1. 財の類型論におけるデータの位置

経済学は財を競合性と排除性の二軸で類型化する。デジタルデータは非競合かつ排除性は制度設計次第という性質から、私的財・公共財のいずれにも収まらない「中間的な知識財」として位置づけられる(詳細は姉妹稿「パーソナルデータの価値とは何か~経済学から見た性質・測定・分配~」参照)。本稿はこの基本的性質を所与としたうえで、データ一般に共通する経済的特性を整理する。

2-2. データ一般に共通する経済的特性

財の類型論上の位置に加えて、データ一般には以下の経済的特性が共通して観察される。

第一は収穫逓増と規模の経済である。データは蓄積されるほど分析精度が向上し、単位コスト当たりの価値が増大する傾向がある。これは収穫逓増の性質であり、データを多く持つ者がさらに競争優位性を拡大するという自己強化的な構造を生む。

第二はネットワーク外部性である。あるプラットフォームに参加するユーザーが増えるほど、そのプラットフォームの価値は参加者全員にとって高まる。これは直接的なネットワーク外部性であり、データの蓄積を通じてアルゴリズムの精度が向上するという間接的なネットワーク外部性とともに、データ市場の集中化傾向を生み出す要因となる。

第三は情報の非対称性である。データの保有者と非保有者の間には、保有するデータの内容・質・利用用途に関して構造的な情報の非対称性が存在する。この非対称性は、通常の財市場に比べデータ市場において特に深刻に現れる。Akerlof(1970)2以来、情報の非対称性は市場の失敗の主要な源泉として認識されており、データ市場ではその程度が極めて大きい。

なお、データの利用はそれに直接関与しない第三者にも影響(正負双方)を及ぼしうる。この外部性の問題については次節で改めて論じる。

2-3. データ市場における市場の失敗

以上の特性を踏まえると、データ市場における市場の失敗の構造が明確になる。外部性・独占・情報の非対称性という市場の失敗の三類型のそれぞれがデータ市場において現れ、しかも相互に増幅し合う構造を持つ。

外部性については、データの利用が第三者に及ぼす影響(正負双方)が価格メカニズムを通じて内部化されない。独占については、収穫逓増とネットワーク外部性が相まって、少数の大規模プラットフォームによる市場集中を促進する傾向がある。情報の非対称性については、データの保有者が非保有者に対して構造的な優位を持ち、市場取引における公正な価格形成が困難になる。

この三類型の複合的な市場の失敗が、データ市場への政策的介入の理論的根拠を提供する。しかし、これは複合的市場の失敗はデータ一般に共通する市場の失敗の構造であり、次章で示すように、パーソナルデータにはさらに固有の問題が重なる。

図表 1 データ一般の経済的性質と市場の失敗の構造

図表 1 データ一般の経済的性質と市場の失敗の構造

3. パーソナルデータの特異点

前章で確認したデータ一般の経済的性質を比較基準として、本章ではパーソナルデータにのみ現れる、あるいはデータ一般より際立って現れる五つの特異点を論じる。姉妹稿「パーソナルデータの価値とは何か~経済学から見た性質・測定・分配~」はパーソナルデータを前提とした経済的特性の整理を行ったが、生成プロセスそのものの経済学的含意については論じていなかった。本章はその空白をあわせて補完する。

3-1. 生成の非意図性

データの典型例である工業データや企業活動データは、意図的・計画的に生成される。センサーの設置・測定項目の選定・収集頻度の設計など、データの生成は目的意識的な行為の結果である。供給者はコストと便益を意識したうえで供給量を決定する。

パーソナルデータはこれと根本的に異なる。個人の日常的行動(購買・移動・検索・コミュニケーション)の副産物として生成される。生成者である個人は、自らが何を・どれだけ・どのような形式で生成しているかをほとんど把握していない。意図なき生成、無意識の供給である。

この「生成の非意図性」は、供給側の経済学的行動を根本から変える。通常の財の経済学は「供給者は費用と便益を計算して供給量を決定する」という前提に立つ。しかし、パーソナルデータの供給は、この前提が成立しない状況で行われる。供給量の決定も、供給の停止も、供給者の意識的選択の外に置かれていることが多い。

3-2. 主体性の分離

工業データや企業活動データは、原則として生成者と経済的受益者が一致している。製造業者がセンサーから収集した生産ラインのデータは、その製造業者の品質管理や効率化に使われる。生成した価値は生成者に還元される。

パーソナルデータは、生成者(個人)と経済的受益者(データを収集・活用する事業者)が構造的に分離している。個人が日常行動を通じて生成した大量のデータは、プラットフォームに集積され、広告ターゲティング・リスク評価・商品開発などに活用されるが、その経済的価値の大部分は事業者に帰属する。

この主体性の分離こそが、姉妹稿「パーソナルデータの価値とは何か~経済学から見た性質・測定・分配~」で論じた「個人的価値と集合的価値のギャップ」の経済学的根拠である。生成した価値が生成者に還元されない構造は、データ市場固有の分配問題として経済学的分析の蓄積が厚い領域でもある。

3-3. プライバシーという固有の外部性

気象データが収集・活用されても、気象現象の「主体」(大気)は何の影響も受けない。工業データが活用されても、工場設備は何の影響も受けない。パーソナルデータはこれと根本的に異なる。その利用は生成者である個人の効用に直接影響を与えうる。この点がパーソナルデータ固有の外部性の出発点である。

具体的には、スパムや不利な価格差別など、データ活用によって消費者が被る損失は、データを保有・活用する企業によって内部化されない。この負の外部性は3-2節で論じた主体性の分離と表裏の関係にあるが、問題の性格は異なる。主体性の分離が「価値の配分」の問題であるとすれば、プライバシー外部性は「損失の帰着」の問題である。

この外部性はいくつかの理由から可視化が困難である。第一に、被害の発生時点が不確定であり、データが収集された時点と悪影響が顕在化する時点が大きく乖離しうる。第二に、因果関係の追跡が困難であり、自分のデータがどのように使われて何の影響を受けたかを個人が知ることは事実上不可能な場合が多い。第三に、被害の性格が金銭的損失にとどまらず、自律性の侵害・監視される感覚・行動の萎縮効果など非金銭的な形態をとることが多い。

可視化が困難な外部性は、市場メカニズムによる自動的な是正が働きにくい。これがパーソナルデータ市場において政策的介入の必要性が特に強く論じられる理由の一つである。

3-4. 閾値性の特異な高さ

姉妹稿「パーソナルデータはなぜ「集めるほど価値が増す」のか」3では、「次元の呪い」として知られる統計学的な閾値性を論じた。データ分析において変数(次元)の数が増えるにつれて、意味ある分析に必要なサンプル数が指数的に増大するという現象である。

工業データにも閾値性は存在する。しかし、パーソナルデータでは、この閾値性が構造的に強く作用する理由がある。パーソナルデータの経済的価値は、量的な蓄積だけでなく、属性の多様性(年齢・性別・居住地・購買行動・健康状態・嗜好・関係性など)の組み合わせから生まれる。この多様性を捉えようとすれば次元数の増加は不可避であり、閾値が必然的に高くなる。

これは工業データとの根本的な差異である。工場の温度データは数百件で十分な分析が可能なことが多い。しかし、個人の行動傾向を意味ある精度で把握しようとすれば、数万件・数百万件が必要になる。閾値の高さはパーソナルデータに内在する構造的な特性であり、その結果として単独事業者では価値創出が困難になり、データの大規模集積を可能にする少数の事業者への市場集中を促すという経済的帰結をもたらす。

3-5. プライバシー・パラドックスと認知バイアス

通常の財市場では、売り手と買い手の情報の非対称性が市場の失敗の源泉として論じられる。しかし、パーソナルデータ市場では、さらに根本的な非対称性が存在する。個人が「自分自身に関するデータの価値」を正確に把握できないという問題である。

姉妹稿「パーソナルデータの価値とは何か~経済学から見た性質・測定・分配~」4で論じたプライバシー・パラドックスは、この認知的問題の典型的な現れである。個人がプライバシーの課題・解決策・トレードオフについて十分に認識できない状況では、市場の帰結が個人の真の選好を正確に反映しているとは言い難い。Goldfarb and Tucker(2024)は、プライバシー市場において財産権が明確に定義されコスト低下が実現しても、プライバシー問題をプライバシー権の市場取引によって解決することは困難であるという論点を、複数の実証・理論研究の成果として示している5

この問題の背景には、フレーミング・アンカリング・現在バイアスなどの行動経済学的な認知バイアスに加えて、データ利用の影響が将来にわたって不確定であるという構造的な不確実性がある。通常の財では購入時点で効用がほぼ確定するが、パーソナルデータの「提供」は、将来にわたって多様な形で影響が生じうる権利の移転に近い。この異時点間的な性格が、合理的な意思決定をさらに困難にする。

図表 2  パーソナルデータ固有の経済学的特異点(データ一般との比較)

図表 2  パーソナルデータ固有の経済学的特異点(データ一般との比較)

4. 選好の内生化——経済学の前提条件の再検討

前章で示した五つの特異点が積み重なると、経済学の根本的な前提条件そのものを再検討する必要が生じる。

4-1. 標準的経済学における選好の扱い

標準的な経済学は「個人の選好は外生的に与えられ、安定している」という前提に立つ。Stigler and Becker(1977)の広く参照される論文「De Gustibus Non Est Disputandum(趣味については論じるべからず)」が象徴するように6、経済学は長らく選好そのものを分析対象とせず、所与のものとして扱ってきた。この前提が成立することで、「市場に任せれば資源は効率的に配分され、誰もが自分の選好に基づいて最適な選択ができる」という市場経済の根本的な前提が成立する。

しかし、Bowles(1998)は「内生的選好:市場その他の経済制度がもたらす文化的帰結」においてこの前提に疑問を呈し、選好は「行動の理由」として定義され、社会的相互作用・経済制度・文化的伝達を通じて形成・変化しうることを論じた7。Bowlesの議論はAIを想定したものではないが、その問題意識は今日においていっそう鮮明になっている。経済制度が選好を形成するというBowlesの問いは、アルゴリズムが個人の認知に介入するという現代的文脈において、より直接的な形で現れる。Bar-Gill, Sunstein and Talgam-Cohen(2023)は、機械学習アルゴリズムが消費者の情報不足や認知バイアスを体系的に把握・利用しうる「アルゴリズム的害(algorithmic harm)」の概念を定式化し、AIが個人の支払意思額を精緻に予測・操作する市場条件を経済学的に分析している8。これは選好の内生化9という問いを、概念的議論から現実の市場分析として展開したものとして位置づけられる。選好の外生性・安定性という前提が現実を正確に描写していない可能性は、経済学の内側から提起されてきた問いである。

4-2. パーソナライズの深化と選好の内生化

パーソナルデータの大規模集積と高度なAI分析が組み合わさることで、この問いは新たな次元を獲得する。

パーソナライズが高度化した環境では、AIは個人の選好を観察するだけでなく、推薦・表示・価格設定・情報提供を通じて選好そのものを形成・強化していく可能性がある。今日見るコンテンツが明日の興味を決め、明日の興味が明後日の推薦を決める。観察と介入のフィードバックループが閉じることで、選好は「所与のもの」ではなく「システムとの相互作用の産物」へと変容しうる10

選好の内生化を経済分析に組み込むことへの抵抗として、主に三つの理由が指摘されてきた。第一に、効用関数の変化を許容すると何でも説明できてしまい、理論の反証可能性が失われるリスクがある。第二に、内生的選好はモデルの簡潔性を損なう。第三に、政策変化によって選好が変化する場合、厚生の測定基準そのものが変化するという問題が生じる。

しかし、パーソナライズの現実は、この抵抗の根拠とは異なる形で選好の内生化を問題にしている。理論的な可能性としてではなく、日常的なデジタル環境において実装・稼働しつつある現象として、選好の形成に体系的な外部からの介入が行われている可能性がある。なお、第三の抵抗が示す厚生測定基準の変化という問題は、パーソナライズの文脈においても未解決のまま残っており、4-5節で改めて論じる。

4-3. 情報の非対称性の深化——超情報優位の問題

3-5節で論じたプライバシー・パラドックスは、売り手と買い手の情報の非対称性という通常の市場の失敗に加えて、「消費者と、その消費者のデータを保有・分析する者」の間に生じる特殊な非対称性を示している。

パーソナライズの蓄積が進むと、AIを運用する事業者のシステムは、個人の嗜好・行動傾向・感情的反応・意思決定パターンについて、本人以上に詳細なデータを蓄積した状態に近づく可能性がある。これを便宜上「超情報優位」と呼ぶ(確立した学術用語ではなく、本稿における分析上の呼称である)。通常の情報の非対称性は、売り手が商品の品質を知っているが買い手は知らない(Akerlof 1970)という形で論じられる。しかし、超情報優位の状況では、「自分自身についての情報」において個人が劣位に立つという、より深刻な非対称性が生じる。

しかも個人は、この非対称性の程度を認識することが難しい。自分のデータがどれほど収集され、どれほど精緻に分析されているかは、原則として透明ではない。Rafieian and Zuo(2024)は、推薦システムが蓄積したデータを通じて、事業者側が消費者の選好を消費者本人よりも正確に把握しうることを理論的に示し、この情報優位が消費者の自律的な選好学習を阻害する構造的メカニズムを分析している11。認識できない非対称性は、行動を通じた市場規律が働かないという意味で、通常の情報の非対称性よりも是正が難しい問題を提起する。

4-4. ロックインの非可逆性

通常の市場ロックインはスイッチングコストで説明される。他社サービスへの乗り換えに要するコストが十分に大きければ、消費者は現在のサービスに留まり続ける。しかしスイッチングコストは原則として金銭的・時間的なものであり、十分な対価が支払われれば乗り換えは可能である。

パーソナライズ型AIとの関係におけるロックインは、この通常のロックインとは質的に異なる側面を持つ。あるサービスが長期間にわたって個人のデータを蓄積し、その人物の行動・嗜好・反応パターンを精緻に把握しているとき、そのサービスを離れて別のサービスに移ることは、蓄積された「理解」を失うことを意味する。

この「理解」の喪失は金銭的価値には換算しにくい。長期にわたる関係において形成された「自分をよく知るシステム」への依存は、個人のアイデンティティや日常の安心感に深く関わる性格を帯びることがある。こうしたロックインは、選好の内生化とも深く連動する。システムとの長期的な相互作用の中で形成された選好は、そのシステムに最適化されており、別のシステムへの移行時に「自分の選好がうまく満たされない」という感覚を生じさせうる。これがロックインの非可逆性を強化するフィードバック構造である。

4-5. 厚生経済学上の未解決問題

以上の議論を整理すると、選好の内生化はパーソナルデータの経済学における未解決の問題として浮上する。

選好が政策や制度の変化によって変化する場合、通常厚生は効用で測定されるが、その効用関数自体が変化するとすれば、厚生の測定基準も変化してしまうという問題が生じる。パーソナライズの文脈でこれを言い換えると、「AIに形成される前の選好」と「AIとの相互作用を通じて形成された後の選好」のどちらを基準に社会的厚生を評価すべきか、という問いが生じる。

「個人の選好に基づく選択の総和が社会的厚生を最大化する」というパレート基準12の論理は、選好が外生的かつ安定的であることを前提とする。その前提が成立しにくくなる状況において、効率性の概念や厚生の測定は、より慎重な再検討を要する。この問いは経済学の内側からは直ちに答えが出ないものとして残っており、研究フロンティアを示している。こうした未解決の問いの存在こそが、次章で論じる制度的介入の根拠を一層複雑なものにしている。

  • 12. 「パレート基準」とは、「他の誰かの状態を悪化させることなく、少なくとも一人の状態を改善できる余地がない状態」を効率的(パレート最適)とみなす評価基準である。厚生経済学における社会的厚生の評価において広く用いられる概念で、個人の選好が外生的・安定的であることを前提とした場合に、市場均衡がパレート最適をもたらすという命題(厚生経済学の第一基本定理)の根拠となる。

5. 帰結——制度的介入の経済学的根拠

5-1. 三層の市場の失敗

本稿の議論を通じて、パーソナルデータ市場における市場の失敗は三層構造をなすことが明らかになった。

第一層はデータ一般に共通する市場の失敗である。外部性・独占・情報の非対称性という市場の失敗の古典的な三類型が複合的に作用する。

第二層はパーソナルデータ固有の市場の失敗である。生成の非意図性による供給側の意思決定の歪み、主体性の分離による価値配分の構造的非対称性、プライバシーという固有の外部性の可視化困難性、閾値性の高さによる市場の集中化傾向、認知バイアスによる需要側の意思決定の歪みが積み重なる。

第三層は選好の内生化によって生じる問題である。パーソナライズが深化すると、市場の失敗の是正という目的を超えて、「個人が自律的な選好を形成・維持できる環境の保護」という課題が浮上する。これは厚生経済学の枠組みの外縁にある問いであり、経済学と哲学・政治理論の境界に位置する。

5-2. 制度的介入の経済学的根拠

三層の市場の失敗の複合構造は、市場メカニズムによる自律的な調整だけでは最適解への到達が困難であることを示す。これが制度的介入の経済学的根拠である。

ただし、制度的介入の目的と手段は、三層それぞれに対応して異なる。第一層に対しては、競争政策・データ共有義務・アクセス規制などの伝統的な政策手段が対応する。第二層に対しては、プライバシー保護法制・外部性の内部化メカニズム・認知バイアスを考慮した情報開示制度などが必要になる。第三層に対しては、「自律的な選好形成を保護する制度的条件の整備」という、より原理的な問いへの回答が求められる。

本稿が示した三層の構造は、データガバナンスと制度設計の実践的な問いとも接続する。パーソナルデータが集合・連携によって価値を生むメカニズムの詳細については姉妹稿「パーソナルデータはなぜ「集めるほど価値が増す」のか」13を、その連携を可能にする制度的条件の分析については「プライバシー強化技術(PETs)と個人情報保護法~データ連携の制度的課題~」14を参照されたい。パーソナルデータ市場における市場の失敗は、外部性・独占・情報の非対称性という古典的な三類型に加え、生成の非意図性・主体性の分離・選好の内生化という固有の層が重なる。この複合構造を直視することが、有効な制度設計の出発点になる。

図表 3 パーソナルデータ市場における三層の市場の失敗と制度的対応

図表 3 パーソナルデータ市場における三層の市場の失敗と制度的対応

本内容は、筆者自身の調査分析に基づく個人的見解で、JIPDECの公式見解を述べたものではありません。

著者情報

著者
JIPDEC 電子情報利活用研究部 次長 松下 尚史

青山学院大学法学部卒業後、不動産業界を経て、2018年より現職。経済産業省、内閣府、個人情報保護委員会の受託事業に従事するほか、G空間関係のウェビナーなどにもパネリストとして登壇。その他、アーバンデータチャレンジ実行委員。
実施業務:
・自治体DXや自治体のオープンデータ利活用の推進
・プライバシー保護・個人情報保護に関する調査
・ID管理に関する海外動向調査
・準天頂衛星システムの普及啓発活動 など